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なんか、不思議だ。久瀬さんって家事能力ないんだね。でも、前に書いたさ、「光の食卓」っていうOLさんが主人公の小説んとき、すっごく美味そうな食事風景がいっぱい書かれてたのに。それ読みながら、腹の虫が騒がしくなったんだ。あれ、けっこう好きだった。優しいお話でさ。あんな食卓で食べたいって思ったよ。
まさか、それ書いた人が目玉焼きを丸こげにするなんて思いもしなかった。
「水、入れました?」
「水、入れんの?」
「はい。蒸すんです。正確には」
「目玉、焼き、なのに?」
変なの。あと、ちょっと可愛い。
「っつうか、それは覚えてんだ」
「えっ? ぁ、えぇ」
しまった。バカだな、俺は。
「な、なんでか、そういうのは覚えてるみたいです」
「へぇ、まぁそうだよな。日本語話してるし。風呂も教わらずに入れる。脳みそって不思議だなぁ」
「……そ、ですね」
記憶ない設定になってるんだって、急いで胸の中で何度も呟く。じゃないと、また、つい、ぽろっと言ちゃいそうで。
「俺、半熟のがいいな」
「あ、はい」
久瀬さんって、半熟の目玉焼きがいいんだ。そっか。実は俺も。
「ソースと絡めて食べる感じで」
え、マジで? それ、美味いの? 俺やったことない。家ではそういうの、下品だっつってやらせてもらえなかったんだ。塩がすでにかかってたし。ソース、かぁ、いいかも。
って、危ない、また、ぽろっと言っちゃいそうになった。俺、ソース絡めたことないんですとかさ。
「そしたら、俺、パン焼くわぁ」
「あ、はい。お願いします」
俺は記憶喪失。
「なぁ、クロ」
俺はなんにも覚えてない。もう全部捨ててしまおう。そうだ。財布、あれもうどうにかしないとだよな。昨日、風呂借りる時にズボンのポケットに入れて、そのまま服ごと丸めたけど。
「クロ」
見つかったら、名前がバレちまう。
「おーい、クロ」
「……」
「クロ」
俺?
「そうそう、お前のことだよ」
クロ?
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