3 猫になった日

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 なんか、不思議だ。久瀬さんって家事能力ないんだね。でも、前に書いたさ、「光の食卓」っていうOLさんが主人公の小説んとき、すっごく美味そうな食事風景がいっぱい書かれてたのに。それ読みながら、腹の虫が騒がしくなったんだ。あれ、けっこう好きだった。優しいお話でさ。あんな食卓で食べたいって思ったよ。  まさか、それ書いた人が目玉焼きを丸こげにするなんて思いもしなかった。 「水、入れました?」 「水、入れんの?」 「はい。蒸すんです。正確には」 「目玉、焼き、なのに?」  変なの。あと、ちょっと可愛い。 「っつうか、それは覚えてんだ」 「えっ? ぁ、えぇ」  しまった。バカだな、俺は。 「な、なんでか、そういうのは覚えてるみたいです」 「へぇ、まぁそうだよな。日本語話してるし。風呂も教わらずに入れる。脳みそって不思議だなぁ」 「……そ、ですね」  記憶ない設定になってるんだって、急いで胸の中で何度も呟く。じゃないと、また、つい、ぽろっと言ちゃいそうで。 「俺、半熟のがいいな」 「あ、はい」  久瀬さんって、半熟の目玉焼きがいいんだ。そっか。実は俺も。 「ソースと絡めて食べる感じで」  え、マジで? それ、美味いの? 俺やったことない。家ではそういうの、下品だっつってやらせてもらえなかったんだ。塩がすでにかかってたし。ソース、かぁ、いいかも。  って、危ない、また、ぽろっと言っちゃいそうになった。俺、ソース絡めたことないんですとかさ。 「そしたら、俺、パン焼くわぁ」 「あ、はい。お願いします」  俺は記憶喪失。 「なぁ、クロ」  俺はなんにも覚えてない。もう全部捨ててしまおう。そうだ。財布、あれもうどうにかしないとだよな。昨日、風呂借りる時にズボンのポケットに入れて、そのまま服ごと丸めたけど。 「クロ」  見つかったら、名前がバレちまう。 「おーい、クロ」 「……」 「クロ」  俺? 「そうそう、お前のことだよ」  クロ?
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