29 この黒猫は懐かない

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「えー? 海外に行ってたの? すごい! 今回はどこどこ?」 「ヨーロッパのほうをね」  高級アンティーク家具のバイヤーなんだってさ。顧客はセレブばかり。誰もが知っている有名人も顧客の中に名を連ねていて、インテリアコーディネーターも兼ねてるから家具一式のアレンジを任されることもあるらしい。  アキさんのお客さんで、歳は、三十ちょっと。海外を飛び回っていて、ふらりと日本に帰って来ては、また海外へ。その合間にアキさんのいるこの店に寄っていく。お土産はいつも海外の甘いお菓子。  アキさんは嬉しそうだった。その甘いお菓子も、この人の甘いマスクも台詞もお気に入りなんだろう。  でも、俺は、好きじゃない。  その四六時中、外にいる間は貼り付けているんだろう口元の笑みも、完璧すぎる会話術も、その高級ネクタイも。  それでもお酒もバンバン開けてくれるこの人の登場にアキさんがやたらとはしゃいでいた。 「……」  久瀬さんに、会いたい。  弾んだ会話、いつも以上に華やいでる笑い声から少し離れたカウンターで、そんなことを考えてた。 「君もどう?」 「!」 「チョコレート」  だから、菅尾さんがすぐ近くに来ていることに気がつかず、声をかけられて、パッと顔を上げた。 「あ、いえ……」 「君はキャストじゃないの?」 「ち、違いますっ」 「ふーん? 似合いそうなのに」  社交辞令にも程があるだろ。俺が? アキさんみたいに? ありえない。似合うわけがない。  菅尾さんは頬杖をつきながら、にこやかに笑ってるけど、俺は、げっそりした。何を言い出すんだこの人。からかってるんだろうけど、趣味が悪いからかい方だ。 「からかってるって思ってるだろう?」 「……いえ」 「本当に、そう思ってるんだけど」 「俺、臨時のスタッフなので」 「そうなの? いつまで?」
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