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「ねぇ、久瀬さん」
「んー」
今日は、冷えるって、朝の天気予報をネットで見て思ったけど、本当に寒いんだ。久瀬さんの吐く息が真っ白。
「俺、ってさ……」
「あぁ」
繁華街ではそれほどだったけど、うちの辺りに来ると人もいない。飲み屋もない。アパートとマンション、それに一軒家がずっと並んでいる住宅街。だから吐息が、ほら、タバコの煙みたいに真っ白になって立ち込める。
あんたは少しだけ歩くのがのんびりで、俺はいつもちょっと前を歩くんだけど、その白い息が右側でふわり、ふわりって立ち込める度に、そこにいるんだって感じられて嬉しい。
寒いのが、こんだけ冷えて、吐く息が白くなるほど寒いのが嬉しいなんて、思ったこと一度もなかったよ。
「なんだ? クロ」
「俺って、支配欲、駆り立てる? その、男の人の」
「……っ、はぁぁぁぁあっ?」
びっくり、するじゃん。大きな声と、それに、右側でふわりふわり、あんたの吐く息がいきなり、ぶわってさ。
「なっ、おまっ」
「ち、ちがっ、その、えっと、俺ってあんたの黒猫、でしょ? そんで、アキさんに、なかなか懐かないところが男の支配欲求を、その、駆り立てると」
「あぁ?」
ちょっと、怖いって。そんな眉間にしわ寄せて、それでなくても、カッコいいんだから、すごんだりしたら、その一般的サラリーマンにはありえない長髪と相まって、マフィアにしか見えないから。
「アキが? お前に対して? 支配欲駆り立てられたってか?」
元々低いのに、声の凄味が増してるし。
「あー。いやー……そう、ではないかな」
「……」
「お客、さん?」
「女装、したのか?」
「は、はぁぁぁぁぁ?」
今度、空気を真っ白にして大きな声を出したのは俺だった。びっくりしたのも俺だったけれど。
「な、なんでそうなるんだよっ、俺の女装って」
「あそこ、女装バーだぞ」
「ちがっ! 俺は、ボーイの! 臨時バイトだってば! そこにアキさんの常連? なのかな、お客さんが来て、そのなんか、ワインを何度も頼むから」
「……迫られたのか?」
冗談にもほどがある、と思うよ。俺の女装が見たいとか、ワインを何度も頼むのも、あれと一緒だ。ほら、あれ、猫カフェ。猫じゃらし持ってふわふわ揺らせばどんな猫も飛び掛る、わけないのに、わかってない客が一生懸命に目の前でそれを振ってる感じ。
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