4357人が本棚に入れています
本棚に追加
/374ページ
「…………す、すんません」
「っぷ」
「ちょっ! 笑わなくたって」
夕方、五時ちょっと前、もう冬の空気に変わってきたせいか、日が傾きかけるこの時間になるとグンと冷え込んでくる。そして冷えて冴えた夜になりかけの空気の中を駆け抜けるように響く久瀬さんの大きな笑い声。
その爆笑に、結局、俺はやっぱりうろたえて、真っ赤になるんだ。
「だ、だって、お前、にゅあー、なんていうから」
「……もう言いませんよ。キモいこと言いました」
「キモかねぇよ」
男の、しかも、こんなアスリート体系の奴が真似た猫の鳴き声なんて、鳥肌モンだった。
やんなきゃよかった。ちょっと、浮かれてたんだ。あんたがまだ俺を置いてくれそうな感じがしたから。
けど、今ので逆に追い出されたりして。
「ほれ」
「……」
「うちの黒猫は恥ずかしがり屋だからな」
そういって、久瀬さんが俺の顎を触った。外は寒くて、空気は冴えて冷たくて、あんたの長い指を冷たくさせてしまう。氷とまではいかないけれど、その指はたしかにひんやりとしてた。
大事な指なのに。
「クロ」
「…………」
小説を書くための長い指は、どんな指よりも価値のあるものなのに。
「クロ? ほれほれ」
「……にゃ、にゃ、ぁ」
久瀬さんは男の俺なんかの猫撫で声でも、おかしくて満足だったのか、また笑ってくれた。
「お前、年上にも可愛がられそうだぜ? 可愛い僕ちゃんっつって」
笑って、そんなこと言いながら、寒そうに肩を竦めて、かじかんでしまった指先をチャコールグレーのコートのポケットに突っ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!