1 黒猫

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 何か一言でも言えたら、いいなって思ったんだ。俺は、猫じゃないから、あんたには拾ってもらえないってわかってる。ただ会ってみたかった。  一言でも何か言えたらそれだけでいいって思っただけ。  もう無価値になった俺は別に慰めてもらいたいとか、何かして欲しいとかじゃないよ。淡い期待を持っているとしたら、笑ってくれたらって思ったけど。その、あの黒猫に笑ってやったみたいに、笑ってくれたらって思ったけど。 「す、すみません。なんでもないっす」 「……」 「警察、呼ばないでください。もう、行くんで」 「っとと、おい!」  俺は猫じゃないからさ。拾ってはもらえないだろ? 「行くって、無一文で、どこに行くんだ?」  大きな手だった。この手で、あの黒猫を抱き上げたのか。 「交番、あるけど、そこ常駐じゃねぇから、おまわりさんいねぇぞ。いるんなら駅前だ。駅までの道わかるか? ……って、わかんねぇのか?」 「だ、大丈夫っす」  わかってる。俺は黒猫じゃないから、どんだけ弱ってたってさ。 「……大丈夫ってなぁ……」  拾って、抱き上げて、あの一言を言われて、笑ってもらえるわけじゃない。どん底で、もう、何もかもが真っ黒に塗り潰された気分になろうが、そんなのはあんたには関係のないことだってわかってる。  でも、笑って欲しかった。  優しくされたかったんだ。  あんたに。誰でもなく、あの日、あのみすぼらしい猫を抱き上げたあんたに。
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