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黒猫になった日から悪夢を見なくなった。夢を見てるのか見てないのか、わからないけれどソファで丸まって寝てるとさ、本当にあの人の猫になれた気がして、嬉しかったんだ。少しだけ意識が戻り始めた頃、つま先でまさぐって、久瀬さんのコートが足のところにかかってることを感じると、ひとつ体温が高くなる気がした。
足の指の力、けっこうあるんだよ。ずっとクライミングで使ってたからね。足で何かを掴むことに長けてる。その指をもぞもぞとコートの内側で動かして、チャコールグレーのコートの内側の肌触りをまさぐって、噛み締める。
あぁ、今日も、俺はあの人の黒猫でいられるって。
けど、最近、まともに眠れてなくて、久しぶりのソファ……?
ぁ、れ? ここ、ソファじゃない。
久瀬さんの匂いがする。
そっか。寒いからって、ベッドで寝ろと言われたんだっけ。ソファじゃはみ出してるし、冬本番になったら風邪引くぞって。
いい……匂い。
久瀬さんの、匂い。
好きなんだ。久瀬さんのこと。
いつもさ、執筆中の背中を眺めてた。この人の背中で鼻先を押し潰すくらいにぎゅって、くっつきたいって、思ってた。
もっと近くに、背中よりももっと近くて、隣よりももっとずっと近い場所に。そんな願いはいつか、欲しいっていう気持ちに変わっていった。近くにいきたいっていう思いもどんどん変わって、気がついたら、抱かれたいって、思ってた。抱いて欲しいって。
――あっ、あぁぁっ!
この人の腕の中に閉じ込められたい。
――ぁ、久瀬さんっ!
しがみついて、俺の中でこの人のことを感じたい。
――あっ……ンっ、久瀬、さんっ。
――好きだよ。
ずっと。
「っ!」
慌てて飛び起きた。
「と、わっ、わっ……わああっ!」
「落ちるぞ」
びっくりして、起きた。俺の寝床はソファから久瀬さんのいるベッドへと変更されて、けど、俺は好きな人と一緒に寝ることに、身体が反応するから。それがバレたらすぐに追い出されると思って。毎日。
「どうした? すげぇびっくりした顔して」
毎日毎日、朝から晩まで仕事してヘトヘトになって、死んだように眠れば、反応しないかなって考えた。けど、今、夢で、あんたに抱いてもらう夢、見ちゃったから、また反応したと思って、飛び起きたんだ。
これが、バレたら、ダメだから。
「あ……久瀬、さん?」
「あぁ」
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