寝てる後ろで……編 3 愛猫と主

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「クロ……服、捲って」 「え、ぁ……う、ん……っ」 「いい子だ」 「っン」  俺が言われたとおりに捲って曝け出した上半身を、肩から下がる長い髪でわざとなぞっていく。触ってないのにもう硬くなってる乳首を髪がちょうどくすぐるように下から上へ身体をスライドさせながら、そして、興奮しているのをじっと見つめられてから、キスをくれた。深く舌だけ差し込む、やらしいキス。 「ん、んっ……ンっ」  ダメ、だってば。 「久瀬さんっ、ダメだって、髪に」  くっついてしまう。 「こーれ、クロ」 「!」  優しい声で叱られた。けど、汚れたらダメだよ。だから手で髪を慌てて払おうとしたら、その手を捕まれた。ベッドに縫い付けられて、大の字になった俺を組み伏せる久瀬さんの綺麗な長い黒髪に、今、俺が吐き出したばかりのが。 「あっ」  本当に付いちゃうってば。 「久瀬さん!」 「なぁ、クロ、帰り、遅かったな」 「!」  慌てて仰け反って、汚しちゃうのを避けようとする俺を、もっと強くベッドに抑え付ける。手首のところがベッドのスプリングの中にのめり込むくらいに強く張り付けにされた。その強さが、まるで逃がさないって言われてるみたいで、ぞくりとお腹の底が熱くなる。  怒ってる、の? 「これから帰るっつって、そんで、それから少しだけ遅かった」 「……」 「笑えるだろ?」  組み敷いたまま、額をコンって当てて、笑ってる。 「? 久瀬さん?」 「お前がどっかにさらわれやしないかと」 「? 俺、子どもじゃないよ?」 「ちげーよ」  そうじゃないと眉間に皺を刻んで、なんだかとても苦しそうなのに、その表情がたまらなく愛しく見えた。 「たまに、なるんだ」  情けないことに、って小さく、ほとんど溜め息のように呟かれた。一緒に吐き出した落胆の言葉は、一緒になって唇に触れた熱い溜め息のせいで、まるで形があるみたいに、唇に触れた気がする。 「お前は、ゲイってわけじゃないだろ?」 「……」 「しなだれて、もたれかかる女がいるかもしれない」 「……」 「色気たっぷりな高い声でお前を誘ってるかもしれない」  俺が女の人と? とか? 想像したの? 「執筆がちょうど暗く沈んだ場面なんかに来るとな、たまになるんだ、つられるっつうかな。自分が書いてるくせにな」  想像したものをやり過ごすために、本を読んだり、俺の陣地で眠ったり? 「帰ってきたお前が急いでシャワーを浴びたのを見て胸んとこざわつかせて、隣で甘い声出し始めたことに嬉しくなって。呆れるくらいに弱いんだ」 「……ぁ、の」  寂しかった、の? 「あの! 久瀬さんっ! さっき、前に付き合ってた子に会ったんだ」  俺がいなくて、会いたくて、寂しかった? ねぇ、久瀬さんみたいにカッコいい人でもそういうの、なんの? 「そしたらっ、彼女がなんか変わったねって。幸せそうって言われた! 可愛い感じになったけど、もしかして相手は年上? って訊かれた! それとモテなくなったでしょって! 入り込む隙間なさそうだって!」 「……」 「ねぇ、久瀬さん……」  俺は先に寝ちゃってるあんたに起きてて欲しかった。寂しくて、恋しくて。叱るんでもなんでもいいから、早く帰って来いとかでもいいから、かまって欲しくて。 「俺、久瀬さんのことさっき呼んだのに、無視された」 「あれは……寝ないで待たれてたら、お前、外で夜遊びもできないだろうが」 「しないし」 「……」 「ねぇ」  あのさ、俺ってさ。  久瀬さんの黒髪をちょっとだけ握って、甘えてみせてもさ。 「俺、可愛い?」 「……」 「その、さ、筋肉ついてきたし、ごつくて、けど、それなりに、その」  最初の頃に比べたら、きっと細くなくなった。あんたはよく壊しそうだって言ってくれるけど、もうそんなに細くもないし、抱えるのだって大変だと思う。 「俺は、まだ久瀬さんが抱きたくなる愛猫のまま?」  自分から捲って見せびらかしたこの身体はちゃんと久瀬さんの好みのまま、なのかなって。 「俺、久瀬さんだけが好きだよ」 「……」 「女の子が好きだったとかもないよ。本当に。こんなの初めてなんだ」  だって、俺はあの子のことを久瀬さんみたいに思えてなかった。顔すらちゃんと見たことがあるのかどうか。顔を見て、不安に思ったり、焦ったり、悲しくなったり、寂しくなったりしたこと、ないよ。顔をちゃんと見てないから、相手がどう思ってるのかもわからなかったよ。今は……。 「久瀬さん……」 「あのなぁ……ったく、お前は」  今はちゃんとこの人のことだけを見てる。目で追って、見つめて、主のことを夢中で追いかけてるから、見たら、ちょっとだけわかるんだ。 「元カノに遭遇とかしれっと言うなよ。しかも、そこに焦る俺を置いてけぼりで、嬉しそうに語るなよ」  あぁ、愛しい、って、ほら、今、ちゃんと思ってもらえたって。 「俺相手に俺のことで惚気とか語りやがって」  眼差しで、手の優しさで、声で、わかるんだ。 「どんだけ、俺のこと好きなんだ。お前……」 「そんなの……」  そして、欲しくなる。この人のこと、まだ足りないって身体が疼き始める。 「たくさん好き、だよ」 「……」 「だから、かまって、欲しい」  あんたの猫になった。俺は主の快眠を妨げてでも、撫でてもらいたいと啼く、少し我儘な猫のクロだから。 「久瀬、さん……」 「クロ」 「?」 「お前、ヤバイわ」  いつからそんな主を手ごまに取れる美猫になったんだって、笑って、蕩けるほどに甘いキスを与えてくれた。
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