第1章

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 むかつくうえにデリカシーのないおっさんは、猫背でそろそろバスを降りていった。     △  施設の門をくぐった後も、車はしばらく暗い森を進んだ。  「うわあ」  あたしたちは口をそろえて叫ぶ。  いきなり光の中へ出た。  空は磨きたてみたいに青く輝き、さんさん日が差す。  赤や黄色に輝く紅葉の森に囲まれて、ここは別の国だ。  子どもがクレヨンで描くような黄緑色の丘が広がり、その中に白い点々が見える。  近づくと白い点々は、生クリームだけのホールケーキみたいな形だ。  もっと近づくと、木や布で作られた建物だってわかる。今にもモンゴルの遊牧民が羊の群れといっしょに現れそう。あれが、あたしたちが泊まる“パオ”だな。  「なんか、別世界に転生したみたいじゃん」  「魔法が使えそう、かわいい! かわいい!」  あたしとあんなは完全に浮足立つ。    車が停まり、外へ飛び出そうとしたけど、エカキがぐったりしている。  「ちょっと車に酔った」  弱々しく笑う。  カイに呼ばれて鴎さんがやってきた。おでこや腕に手をあてて様子をみる。  「少しお休みになった方がいいですね」  お姫様抱っこで車から降ろし、そのまま丘を上ってパオへ入った。  あたしたちもついていく。  足元がぐんと沈んだ気がして見ると、下はふかふかのじゅうたんだ。  「だいじょぶか、エカキ」  エースが先回りでベッドカバーをはずし毛布を折り返し、エカキの靴を脱がせた。  「ありがとうございます」  エースに会釈して、鴎さんはエカキを寝かせた。  エスニック柄の重厚な毛布を何枚も重ねて、エカキは遊牧民の王子様みたいに見えた。  ベッドのまわりに集まった家来たちを、王子様は恥ずかしそうに見回す。  「ちょっと疲れただけだよ」  「無理すんな」  エースの態度はさっきのあたしに対するのと全然違う。優しい声としぐさでエカキの前髪をかきあげてやる。  「でも顔が真っ赤だよ、熱があるんじゃない?」  あんなが心配そうにのぞく。  「いやいや、それは……」  あたしはいいかけてやめて、ぐるんと天井を見上げる。  「でも、すごいねえ」  「うん」  みんなもそろって首を上に向ける。  天井は高く、てっぺんに窓がある。そこから青空が見え、太陽の光が太い柱になって部屋に射し込んでいる。
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