第1章

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 「でも、あれでけっこう女たらしなんだぜ、あんななんて、鴎がその気になったらひとたまりもない」  あたしがむっとして、  「ちょっとお、ふざけんなよ」  なぐろうとしたら、  「いやいや冗談冗談」  笑いながら頭をかばう。でもすぐに、  「みずき」  打って変わってまじめな声だ。  「ん?」  何気なく振り向くと、カイはうつむいて立ち止まる。  「おれ、まだぜんっぜんダメだ。人間としても男としても」  「はあ?」  首をかしげながら、あたしも立ち止まる。  カイは顔を上げて、  「でもさ、おれがんばるから、エースや樋口さんに負けない男になるから」  両肩をつかまれた。  「え……」  「だから、」  カイの顔がすごく近い。話すと息がかかるくらい。  同じくらいの身長になったんだなああんなにちび助だったのにって、あたしはぼうっと思った。  カイの唇はかすかに震える。  「そのときには……」  「み、ず、きー、か、いー、は、や、く、お、い、でーっ!」  あんなが車のドアで振り返って、大きく手を振っている。  「ああ!」  目の前で花火が爆発したみたいな勢いで、カイは手を放す。大きく後ずさりした。  「ああ、ああれがカシオペアだろ? そいであれが北斗七星なっ、なっ」  裏返った声で星空を指さしながら、そこいらを走りだす。  だからよくわからなかった。カイが何をいいかけたのか。  わからないのに、あたしはその夜なかなか寝られなかった。     △  目が覚めた時、隣のベッドにあんなはいなかった。きちんと毛布が折り返され、パジャマがたたまれていた。  あたしはひとりで顔を洗い、着替えた。  パオから一歩出ると、  「うわあ」  外はミルクみたいに真っ白だ。手を伸ばしたらさわれそうなほど濃い霧。  二、三歩歩きだして、ぶるぶるっと震えた。昨日は気がつかなかったけど、ここは、うちの近くよりずっと気温が低い。  いったん戻って、フリースを着てきた。  霧をこいで草原を行く。すぐ目の前しか見えないのが怖くて面白い。たちまちズボンのすそが露でしっとり濡れる。  歩きながら真っ白なまわりに見とれていたら、  「ぎゃっ」  っと悲鳴が上がり、あたしはつんのめった。体勢を立て直そうと腕を振り回し、結局びしょびしょの草にしりもちをついた。  目の前には巨大な芋虫みたいなものがあった。もぞもぞ動いてる。  「あにすんだよ!」
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