第1章

25/34
前へ
/34ページ
次へ
 怒りの声とともに、芋虫が起き上がった。  「ええ? エース?」  ジッパーの開く音がして、エースはやっと肩から上を寝袋から出した。  「ぷはあ」  大きく息を吐いて、わしゃわしゃ長い髪をかく。  「なんだよ、みずきかよ」  「こっちこそ、なんだよだよ、あんたなんでこんなとこで寝てんの?」  エースはぶるっと震えて、  「()っみい」  再びジッパーをあごまで上げた。  「これが真実のキャンプだぜ」  よくわかんないなあ、この子。  足音が上って来る。  「みずき、やっと起きた?」  霧の向こうから、エプロンと三角巾で若奥様コスプレのあんなが出てきた。  「きゃっ、エースくんどうしたの?」  「これが真実のキャンプだぜ」  だんだん霧は薄くなり、ベーコンの焦げるいい匂いが上がってくる。  あんなはあたしたちを交互に見た。  「ふたりとも、朝ごはんの支度手伝って」    グリルに渡した鉄板に、鴎さんが生地を丸く落とす。  「おはようございます。今朝は米粉とコーンフラワーのパンケーキです」  むっくりふくれたやつを、エカキがフライ返しでひっくり返していく。絵本で見たような、こんがりきつね色。  そばで半分死んだ目のおっさんが、だらだらコーヒー豆を挽いていた。  「おう、みずき、代われ」  「もう。貸して」  腹を立てながらも、あたしは引き受けた。  こいつに任しておいたら、いつまでたってもコーヒーが飲めない。ごりごりごり、さっきの三倍速で回す。  両面焼きあがったパンケーキを、あんなが皿にとる。これも絵本に出てくるくらい、タワーみたいに積み重なってる。  テーブルはにぎやかだ。バターにマーガリン、メープルシロップ、茶色の糖蜜にジャムとはちみつ。汗をかいたピッチャーには、牛乳と豆乳とオレンジジュース。大皿のベーコンと昨日の残りのソーセージからは、ほやほや湯気が立つ。  コーヒーミルが、ぴたりと止まる。  「おはよう」  眠そうなカイがサラダボウルを持ってくる。あたしをちょっと見て、すぐに目をそらせた。  「おはよ」  あたしはうつむき、再びミルをごりごり回しだす。耳やほっぺがかっかと熱い。  なんなんだろ、これじゃあたし、カイのこと意識してるみたいじゃん……いやそんなことない、けど……。  毛虫、いや寝袋から抜け出したエースも来た。  「あ、おはようエース、寒くなかった?」
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加