第1章

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 まだ正式な部じゃなくて、仮免ってとこだ。グラウンドも使えないし活動費はもらえないし、集まった三人は、グラブをはめるのも軟球をにぎるのも初めてレベルだし。  それでも、ひとつ山を越えた気持ちだ。  放課後、あたしは女の子たちを連れて、きさらぎ荘の裏庭へ行った。高橋さんのお許しはちゃんともらってある。  そこで基本のキャッチボールから始めた。今のところ二つしかグラブ(あたしの私物)がないので、順繰りに貸しっこだ。あたしがゴロやフライを投げてそれを取ったりもする。みんな一生懸命だけど……言葉を選んでも、これはまだ野球ではない。  でも、どんなにすごいプレイヤーだって、最初は赤ちゃんだったはず。  あたしたちの野球部も生まれたばっかりなんだもの。はいはいする時期が必要だ。  裏庭にはエカキも来る。疲れると胸がひゅうひゅう鳴って苦しくなることがあって、体育も見学なのに。  「無理に付き合わなくっていいんだよ」  ってあたしはいったけど、  「一応マネージャーだし」  といってついてくる。  そのマネージャー様、だいたいはネットの向こうであたしたちを見ているか、絵を描いているかだ。いつもにこにこうれしそうで、その顔を見たら悪魔だって無理に帰れとはいえない。  たまにキャッチボールに参加すると、確かにエカキはそんなに下手じゃない。投げるのも捕るのも一通りできる。エースのいったとおりだ。  エース。  きさらぎ荘に行けば会えると思ってた。だからエカキもついてくるのだろう。  でも、あたしたちは毎回がっかりして帰ることになった。  「しかたないと思うよ、あいつの身になってみれば」  あたしの数倍がっかりしてるくせに、エカキはそんなふうにいった。  仮免といえど学校のクラブ活動、つまりあたしたちは学校の一部だ。同学年だけど全く知らない女の子たちもいる。  そして、エースは「いろいろあって」学校へ行けないでいる。その「いろいろ」についてあたしは知らないし、こっちから聞くわけにもいかない。  人には誰だって、心の中に土足で踏み込んでもらいたくない場所がある。  「わかってる、わかってるって」  ってエカキに答えながらも、あたしはときどき、きさらぎ荘の建物を見つめる。  この中のどこかで、じっと息をひそめているんだろうか。  もしかしたら、あたしはエースを追いつめているんだろうか。  
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