6人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ正式な部じゃなくて、仮免ってとこだ。グラウンドも使えないし活動費はもらえないし、集まった三人は、グラブをはめるのも軟球をにぎるのも初めてレベルだし。
それでも、ひとつ山を越えた気持ちだ。
放課後、あたしは女の子たちを連れて、きさらぎ荘の裏庭へ行った。高橋さんのお許しはちゃんともらってある。
そこで基本のキャッチボールから始めた。今のところ二つしかグラブ(あたしの私物)がないので、順繰りに貸しっこだ。あたしがゴロやフライを投げてそれを取ったりもする。みんな一生懸命だけど……言葉を選んでも、これはまだ野球ではない。
でも、どんなにすごいプレイヤーだって、最初は赤ちゃんだったはず。
あたしたちの野球部も生まれたばっかりなんだもの。はいはいする時期が必要だ。
裏庭にはエカキも来る。疲れると胸がひゅうひゅう鳴って苦しくなることがあって、体育も見学なのに。
「無理に付き合わなくっていいんだよ」
ってあたしはいったけど、
「一応マネージャーだし」
といってついてくる。
そのマネージャー様、だいたいはネットの向こうであたしたちを見ているか、絵を描いているかだ。いつもにこにこうれしそうで、その顔を見たら悪魔だって無理に帰れとはいえない。
たまにキャッチボールに参加すると、確かにエカキはそんなに下手じゃない。投げるのも捕るのも一通りできる。エースのいったとおりだ。
エース。
きさらぎ荘に行けば会えると思ってた。だからエカキもついてくるのだろう。
でも、あたしたちは毎回がっかりして帰ることになった。
「しかたないと思うよ、あいつの身になってみれば」
あたしの数倍がっかりしてるくせに、エカキはそんなふうにいった。
仮免といえど学校のクラブ活動、つまりあたしたちは学校の一部だ。同学年だけど全く知らない女の子たちもいる。
そして、エースは「いろいろあって」学校へ行けないでいる。その「いろいろ」についてあたしは知らないし、こっちから聞くわけにもいかない。
人には誰だって、心の中に土足で踏み込んでもらいたくない場所がある。
「わかってる、わかってるって」
ってエカキに答えながらも、あたしはときどき、きさらぎ荘の建物を見つめる。
この中のどこかで、じっと息をひそめているんだろうか。
もしかしたら、あたしはエースを追いつめているんだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!