第1章

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 みんなの証言によると、あたしは近くに落ちてた太い枝を拾った。剣道のように両手でにぎって、振り上げると、  「おるああああああああああ!!!」  破滅のラッパのような声を上げたらしい。  熊はびくっと身を震わせる。  「みずき、やめてー!」  「やめろー!」  みんなの声なんて、ぜんっぜん記憶にない。枝をふりかざし走り出す。  熊はくるりと身をひるがえし、二本足で逃げ出した。  学年選抜リレー選手のあたしが追いつけない。  この熊、かなり速い。  このままでは追いつけない、そう悟った(覚えていないし、なんで追いつこうとしてるのか意味不明)あたしは、枝を陸上競技のやり投げのように構え、  「くっらあえええええええ!!!」  押し出すように放り投げた。  ひゅう、  風を切り、枝はまっすぐ飛んで、  ごつ。  重い音を立てた。同時に、熊が地面につっぷした。落ち葉が舞い上がる。  反動で、あたしもその場につっぷしていた。  「はれ?」  やっと我に返った。全身の力が入らなくって、立てない。  倒れたまま、倒れた熊をながめていた。  熊は、あわてた動作で立ち上がった。  左肩のあたりをおさえ、痛そうに体を傾けひょこひょこ歩き出す。やがてすたこら走り出し、とうとう森の奥へ姿を消した。     △  気がつくと、あたしはベッドの中にいた。夢かと思ったんだけど、  「みずき、気がついた? 大丈夫?」  あんなが枕元にダッシュで来た。  熊を見送ったあたしはそのまま気絶して、駆けつけた鴎さんにおんぶされて、パオまで戻って来たそうだ。  あんなに手を引かれて出ると、外はひんやり、もう真っ暗だ。  丘を下ったところに、点々とオレンジ色のランプの灯が見える。  タープから数人がぽろんぽろんと出てきた。  「おおーい、みずきー」  「だいじょーぶー?」  カイとエースがそろって手を振る。あれれ、仲良さげじゃないの。  あたしはあんなの手を離し、すっかり元気なのを見せつけようと思った。  「だいじょぶだああ」  叫んで丘を駆け下る。  でも、途中から勢いがつき過ぎて、  「ああれえええ」  足が止まらなくなる。おお前方に、例の小川が接近!  「みずきっ!」  あんなの悲鳴がこだまする。  でも、あたしは小川にははまらないで済んだ。  「ぐええ……」  「そのゲーム、やめなよ?」  あたしのえりくびをつかんで、ひぐっちゃんがあきれる。
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