第1章

33/34
前へ
/34ページ
次へ
 午前中に釣ったマスは、おいしい炊き込みご飯になった。  「これなら全員で食べられるね」  ワカサギのフライもあるし、きのこのグラタンにアヒージョにお味噌汁、山菜の天ぷらやおひたしなんかがぎゅうぎゅうテーブルに並ぶ。  結局、あたしたちは一本のきのこも、とらなかったんだけど。  「熊汁が食べられないのは、惜しかったなあ」  あたしが笑うと、鴎さんは真剣な顔になる。  「冗談ではありませんよ、みずきさん。話を聞いて肝がつぶれました。熊に立ち向かっていくなんて。もう二度とやらないでください」  そんなシチュエーションそうそうねえから、とは思ったけど、あたしはまじめな顔で謝った。  「ごめんなさい」  「でもまた伝説作ったな、おまえ」  「すげえ、尊敬する」  カイとエースがにやにや笑う。     「あーあ、面白かった。また行きたい」  帰りの車の中、みんなと別れてからも、あたしは何度もつぶやく。  「おまえ、ばかじゃねえの」  ひぐっちゃんはあきれ顔でステアリングをにぎる。  「鏡子やタマにいうなよ、ばか」  「いわないって、智春さんなんて気絶しちゃう」  鴎さんからは、決して他言無用といい渡された。  ばかばかいわれても、あたしは腹も立たない。笑いをがまんしながら、運転席をちらちら見る。  「あのあとエースとカイ、仲良くなったじゃん? ケンカもしなくなったし、エースお風呂は行かなかったけど昨日はパオで寝たし。あれってさ、熊のおかげだよね」  なんであんなにエースがカイにつっかかるのか? その理由は、結局わからなかった。  まあ、はっきりとした一個の理由じゃないんだろうな。エース、家の中はいろいろ大変そうだから、お金持ちのカイが気に食わなかったとかそんなとこだろう。それか、もしかしてもしかすると、恋のライバ……。  「いやいやいや、ないないない、何いってんのはっはっは」  あたしはくだらない思いつきを笑い飛ばした。  「おまえ、なんか変なきのこ食った?」  ひぐっちゃんは、割に本気の心配っぽく聞いた。  「いやいやなんでもない……それはそうと、なんだっけ? 心理学であるんでしょ、共通の、敵の存在や危機体験が集団の結束を固くする、ってやつ」  ひぐっちゃんは黙ってサングラスをかけた。  がまんしきれなくて、あたしはくすくす笑っちゃう。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加