第1章

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 そんなこんなしているうちに、雨降りが始まった。  体育館の入り口とか渡り廊下とかでキャッチボールやろうとしたら、先生にボールは禁止っていわれるし、柔軟とか腕立てとかしてると、ほかの運動部から邪魔にされるし……やっぱ、雨きらい。  そして今日から、定期テスト一週間前だ。もどきだろうと仮免だろうと、そこだけは平等に部活は禁止。  あたしは重たいバッグと傘を抱えなおす。  「早く、かーえろっと」  家に帰れば、乾いた着替えと手作りのあったかおやつが待っている。  智春さん、最近はさつまいもとかりんごとかのパイがブーム。  まだ話がめちゃくちゃはずむって感じではない。それでも家に帰ったら、焼き立てパイがラテとかホットミルクとかを引き連れて、目の前に出てくるってのは悪くない。あ、数学の宿題がかなりヘビーなんだっけ、試験前に宿題出すなよ、平松、とほほ……。  いいことと悪いことを順番に思って、上がったり下がったりしながら、あたしは降り続く雨の中を帰る。     △  あたりは静かな住宅街だ。この辺は晴れてたって、人通りはほとんどない。  傘にあたる雨の音だけが響く。いや、  「ん?」  あたしは顔を上げた。  かすかだったけど、胸がどきんとした。  これは人の怒鳴り声、女の人だと思う。  どこかでケンカでもしてるんだろうか。でも、大人の女の人が、雨の真昼間に怒鳴るシチュエーションって、あんまし思いつかない。  緊張しながら歩くと、叫び声は近づく、いや、近づいてるのはあたしか。  巻き込まれたくはないけど、何が起こっているのか気になる。心は揺れながら、あたしはそのまま通学路を進む。  「このくそ男!」  思わず立ち止まる。声があまりにも大きく聞こえたから。  見えないけど、赤ちゃんにだってわかる。今いる建物をすぐ曲がったとこ、そこが現場だ。  「地獄に落ちろ!」  女の人はもう一度叫んだ。  日常生活ではあまり聞かないセリフ。そのせいで現実感が薄くなったのかも。  あたしは傘をたたみ、建物の壁に身を寄せた。そこからゆっくり角へ近づいて、そうっとのぞいた。  なんであたしこんなことしてるんだろう、と思ったのは、すべてを見ちゃった後だ。そして、そんなことはすべきじゃなかったと思いついたのもそのとき。  「死ね!」
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