第1章

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― 正負の由来は知らないけど、方程式は便利だよ。小学校の時はxとかaを使うと先生に怒られたけど、今は堂々と使えていいよ。簡単だもん。わからない数字を記号に置き換えて、機械的に逆算していけば……。  「何の用?」  あたしは冷たく言い放つ。 ― おまえが聞いたんだろうが。  カイはうれしそうだ。  こいつ、あたしが意地悪するとかえって喜ぶもんだから、最近はなるべくいわないようにしてたんだけど、今夜はうっかりしてしまった。  あたしが反省してる間にも、やつはうれしそうに聞く。 ― あのさ、みずき今度の連休空いてる?  「今度の土・日・月?」  あたしはちょっと考えた。今度の三連休は部活を入れてないので暇だ。部員の三人娘はそれぞれ家族旅行や習い事の予定があるのだ。  あたしだけ暇なのって、カッコ悪いような気がする。しかし、 ― はい暇ね。だと思ったー。  数秒の口ごもりで判断されてしまった。  「うう、否定できないものもやぶさかでなくもない……」  カイはまたひきつるように笑う。 ― じゃあさ、二泊でグランピングに行かない?   「はいはいはい、岩をよじのぼるやつね」 ― それはクライミング。もしくはボルダリング。  「にゃんこが自分の背中をぺろぺろ……」 ― それはグルーミング。  「女性でも簡単に運転できまーす」 ― ……なに?  「パワーステアリング」 ― わかるか! てか二文字しか合ってねえ!  「うひゃひゃひゃひゃ」  さっきまで悩んでいたあたしはなんなんだろう。バカの方が楽しいかもしんない。 ― 知らないなら、素直に知らないといいなさい。  「知らない」  バカは素直なのだ。  賢いカイはグランピングについて説明してくださる。  「要するに、ちょっといいキャンプってこと?」 ― まあそういう理解でいいと思う。  カイのおとうさんの知り合いが今度グランピング場を開設することになって、そのモニタリングも兼ねて泊まる人を探しているそうだ。  しっかし、カイのお父さんの知り合いってすごい人ばっかり。そしてその息子と友だちでよかったなあ、とあたしはしみじみ思った。  しかし、庶民のあたしは抜け目なく聞いた。  「……ただなの?」 ― そう、全部無料。食材も向こうで用意してくれる。  なら、迷う必要もない。あたしは推挙された関取のように重々しく答えた。  「謹んでお受けしたい」
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