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全貌を語る
ひろが、番のみきが海で入水自殺を図ったのだと連絡を受けたのは出張先のホテルでのことだった。
三十分ほど前にみきから電話が掛かってきた時から感じていた胸騒ぎはこれだったのかと、ひろは混乱する頭の片隅で考えていた。
シャワーを浴びていて電話に気付かなかった自分を恨む。
幸いみきは浜辺を散歩していた合宿中の大学生グループが助け出してくれて、一命は取り留めたそうだ。
でもまだ意識は戻らないのだという。
ひろはすぐさま財布とスマホだけ持って、着の身着のままタクシーに飛び乗った。
これも幸いなことにみきが運ばれた病院は、ひろの出張先からごく近場だった。
みきはそれを分かっていて、その海を死に場に選んだのだろうかとひろはタクシーの中でボンヤリ考えた。
みきが自殺をする理由はいくらでも思いつく。
それを知っていながら、みきを一人にしてしまった自分の不甲斐なさに強い怒りがこみ上げた。
辿り着いた病院のベッドの上で、みきは安らかな寝息を立てていた。
ひろはそれに安心して、知らず知らず詰めていた息を吐き出す。
握ったみきの手には結婚指輪が嵌まっていて、それがひろのものとぶつかって小さく音を立てた。
医師はひろをみきから離すべきでないと判断したのか、みきのベッドの傍らに立って、小声で状態を説明してくれた。
みきは用量以上の睡眠薬を酒で流し込んでから、入水自殺を図ったらしい。
比較的浅瀬で、大学生グループがすぐに助け出してくれたため、溺れたこと自体は大したダメージではなかったけれど、酒で睡眠薬を過剰摂取したため胃洗浄も行われたようだ。
医師は笑いながら、「奥さんはすぐ元気になりますよ」と言って、少し顔を引き締めて話を変えた。
大学生グループはみきを助けに行った時にその場に浮かんでいた睡眠薬の箱と携帯まで拾ってくれたらしい。
医師はその箱に書かれていた睡眠薬の名前で、それが医者から処方されたものだと見抜いたのだそうだ。
そしてそれを服用してから溺れたのだということも。
医師が神妙な顔つきで「奥さんは精神病で?」と聞いたから、ひろは首肯した。
みきが精神を病んでしまったのは丁度二十三歳の時だった。
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