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「何か考えがあるから言ってるんだろうな、テメェは」
イライラしながらハルさんが急かす。
「うん。その時マスターは言ったんだ。『俺が死んだらお前にやるから、どうしても必要になった場合にだけ開けろ』って。当時は『必要になった場合』ってどんな時だろうって思ってたけど」
そう言うと葉さんはポケットからキーケースを取り出す。
じゃらじゃらと沢山の鍵が並ぶ中から一つの小さな鍵を選ぶと、引き出しの鍵穴に差し込んだ。
「あっ・・・・・・」
レジの周りに集まり、事態を眺めていた全員が息を呑む。
引き出しの中には、『葉へ』と書かれた一通の封筒が入っていた。
「マスターが言ってたのは、これだったんだ」
ぽつりと葉さんは言う。そして、そっと封筒を手に取った。
「開けないで!」
そのまま封筒を破って中身を開封しようとした葉さんに体当たりをし、私は慌てて封筒を奪い取る。
「改変を疑われるから、遺言書は役所の人しか開けちゃいけないんです。明日、裁判所に持って行きましょう」
遺言書を大切にクリアケースの中に仕舞う。
異様な雰囲気に、店内がしんと静まり返った。
「まさか、エロ本の隠し場所に遺言書があるとはな」
驚きを隠せないハルさんに、
「そう言う人だったんだよ。マスターは。最期まで」
と、葉さんは静かな声で呟いた。
引き出しを前に座り込んでいるせいで、彼の表情を伺うことは出来なかった。
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