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おれには、古本屋を出た記憶なんてものは無い。本を差し出されるままに受け取ったが、その本を持ち帰った記憶もない。あの時のおれは、確かに、本を受け取るのを断ろうと思っていたはずなのだ。
だが、今手元にその本はある。その不思議な雰囲気をかもしだす表紙を撫でる。こちらも、おれの語彙力を超える肌触りだ。おれには、外を歩いた記憶もなく、自分の家にたどり着いた記憶もない。
それなのに家にいるのだ。
訳が分からないが、確かに、古本屋へいた。その記憶、その証明だけがある。
どうしようもないものだが、手に持っていた不思議な装丁がされた本は確かに、古本屋にいた証明となっている。
………。この本を持っていると不安になる。あの時のおれは、気になっていたが、一生この本を持ち続けようという気概はなかった。そもそも、中身を1度も見ていないのに決断をするわけがないのだ。
本のページがひとりでに開かれる。
“大きな家のお嬢様、知らない男に傘で突き刺されて殺された。その男は人を殺すのが楽しくなってしまって、雨が降りもしていないのに傘を持ち歩き、人を殺してしまった。あぁ、まただ。”
恐怖だ。訳の分からないものに対する恐怖だ。今すぐこの本を返しに行かなければならないと思い、古本屋へ走り出す。駅を通り抜けた時に、傘を持った不気味な男を見てしまった。関係の無いはずだ。関係があるわけないはずなのだ。たまたま傘を持っていただけ。
わけのわからない本に書かれていた内容に恐怖して閉まっているだけなのだ。
これは被害妄想だ。
古本屋があったはずのその空間には前々からあった、服飾店があった。
考えてみろ、毎日通る会社への道に突然古本屋が現れることがおかしいのだ。あそこの空間には元々服飾店があったはずではないか。客も自分一人しかいなかったでは無いか。あの店はなんだったのだ。おれはいったいなんの店に入ったのだというのだ。
不安に駆られてどうしようもない。だが、これ以上おれに出来ることはない。
家に帰り、本を燃やすことを考え始める。
大きな家だ。屋敷だと言ってもいいだろう。晴天であった今日は、美しい夕暮れが見える。大きな家の前に2人の人影が重なり合うようにして見えた。
片方は傘を持っていた。
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