2 出会い

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 ふいに暗闇に差し出した手が何かを掴む。麗さんの家へ行って、別れた理由を聞いてみよう。犬養毅も「話せば分かる」と言っているくらいだ。話せば何かしら見えてくるに違いない。急に行動する力が湧いてくる。  しかし、ちょっと待て。心のブレーキレバーが自然とかかる。この行為はまるでストーカーのそれじゃないか? 別れた彼女の家に押しかけるなんて、客観的に考えるとかなり危ない。 「昨夜未明、元交際相手の男が女性の自宅に現れたとして、警察は……」  ニュースを読み上げるアナウンサーの淡々とした声が頭を過る。いやいやいや、それはまずい。立ちすくんだままで、首を小さく振った。……もう麗さんにことを考えるのは辞めておこう。  そのとき、華やかで明るい声が耳に入った。 「お兄さん。その箱の絵、素敵ねぇ」  ふと前を見ると、皺の数だけ幸せを重ねてきたような老夫婦の姿。二人で散歩中だったのか、手を取り合ったままこちらを見ている。どうやら、俺が手にしているケーキ箱についてコメントしたようだった。  このケーキは、ロシア料理の専門店で購入したものだ。店の経営理念や料理へのこだわりぶりが、麗さんの心を掴んでいた。なんでも、ケーキに使用されるチーズは、わざわざロシアから取り寄せられているらしい。店の内装もロシア一色。ケーキ箱もそれに習ってロシアらしさがふんだんにあしらわれていた。素朴なタッチで、マトリョーシカやそりを引くトナカイ、民族楽器などが描かれている。 「ああ、どうも。素朴で暖かい絵ですよね。実はこれ、チーズケーキが入ってるんです」  正確には、麗さんが好きだったベークドチーズケーキが。 「まあ、ますます素敵」  老婦はにっこり微笑む。ぽっと小さい花が咲いたような笑い方だ。
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