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「彼女に最期のプレゼントとしてそのケーキを渡してはどうだろう」
老婦はその言葉に目を輝かせ、俺よりも早く反応する。
「そうね、それがいいわ。お兄さん、あなた、もう一度彼女に会って渡すべきよ」
老婦よりも愚鈍な俺の脳が、ゆっくりと回転を始める。そうだ。よく考えてみろ。もう一度付き合いたい、ではなくて、ケーキを渡して別れた理由を聞くだけだ。それで、帰る。何も悪いことはしていない。
「そ、そう……ですね。そうですよね」
心のブレーキレバーから手が外れる。老夫婦に後押しをしてくれたお礼と別れを告げると、軽やかに足が進む。
スマートフォンを上着のポケットから取り出すと、メッセージアプリを起動する。一ヶ月ほど前に彼女から送られてきたメッセージ。そのメッセージと一緒に写真が送られていたはずだ。姪っ子だかなんだか、小さい子と一緒に撮ったというあの写真。背景に家がうつりこんでいたのだ。珍しい家の形だったからよく覚えている。写真を見つけて、背景を拡大する。石垣のような低い塀に白い円柱状の外壁。これだ。特徴的な外観からして、おそらくこんな家は二つとない。麗さんの家が、きっとこの辺りに。
この写真のみを手がかりに探すのは無謀な気もする。しかし、進み始めてしまったのだから止まれない。俺は当てもなく周辺の住宅街をさまよった。
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