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優しく人から好かれ、けれど損ばかりしている兄と、要領が良く器用で、けれど常に満ち足りていない弟。俺たちは同じ「小説家になりたい」という想いと、正反対の属性を併せ持つ兄弟だった。
俺は人に分け与えられるほどの富を自力で築き、何不自由なく暮らしている成功者だが、何をおいても叶えたい「小説家として認められたい」という願いは遠く、「幸せ者」とは言い難い。
一方の兄貴は美人のカミさんをもらい、可愛い娘にも恵まれ、しかもネット小説界隈ではなかなか名の知れた小説家だ。
出版社から書籍化オファーだって来るほどなのに「金が絡むと好きなように書かせてもらえなくなるから」という理由で全部追い返している。そして、高校生の頃から運営している小説サイトで、明らかに金を取って然るべきクオリティの作品を日々無料で垂れ流し続けているのだ。
俺のように金に困ってなけりゃ、それもアリだろう。が、兄貴は「小説執筆に時間を割きたい」という理由から、定時で上がれる代わりに薄給の派遣社員として働き続けているのだ。そのため兄貴の家はカミさんが大黒柱として稼いでいる。
普通なら愛想を尽かされて家族に捨てられるのがオチ。しかし兄貴は持ち前の「幸せ者」属性のおかげで、カミさんや娘とありえないほど仲が良い。率先して家事や育児をやるし、とにかく優しいお陰だろう。あとは母娘ともに兄貴が書く小説のファンだということもデカいか。この幸せ者め。
それでも、娘の年が上がるにつれ支出が増えていくのは事実。だから「小説サイトを有料制にして、家計の足しにすればいい」と長年助言し続けているが兄貴は「今までタダで読めてたものが有料になったら、ほとんどの人間は去っていく。読者が減るのは嫌だ」と首を縦に振らない。
ただここ数ヵ月、ちょっとした書き物の仕事を請け負うようになり、アフィリエイトの勉強も始めたようだ。とうとうカミさんに雷を落とされたかと思いきや、どうも自発的らしい。たまげたもんだ。兄貴は兄貴なりに焦りを感じているのだろうか。
相変わらず宙に視線を預けたまま、ぼーっとしくさっている横顔を見やり、バーカウンター上にインテリアとして置かれている本を手に取る。
俺にとってみれば「1冊の本」とは、どれだけ手を伸ばしても届かない「幸せ」の化身であり、兄貴にしてみれば「成功」の証に他ならない。
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