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「話が逸れたけど」
俺の最新作にして自信作だったはずの紙束をぺらぺらと捲りながら、兄貴は伏し目がちに呟いた。
「世の中の人間は安易なハッピーエンドなんて求めちゃいない。自慢話はもっと嫌われる」
「兄貴が書く話だって毎回展開読めて面白くないぜー? 『こいつ死ぬな』とか『こいつ裏切るな』とか大体わかるし。無駄に暗いし」
「悪かったな。けど王道でもベタ展開でも、そういう話が好きでついてくる読者は一定数いるんだよ」
現実で幸せに暮らしているやつほど、妙に辛辣な話を書くもんだ。現に兄貴の物語に登場する主人公のほとんどは最後に死ぬ。しかも大体はつらい生い立ちで、なのに苦労は報われないし、愛した女は抱けずじまい。主人公に恨みでもあるのかという仕打ちの数々だ。
俺自身、みかじめ料を請求してくる暴力団相手に一晩中土下座し続けたとか、社員の給料確保のための金策に追われて四徹し、幻覚で見た悪魔相手に融資相談をしていたら、いつの間にか巨額の融資が下りていたとか、なかなかない経験をしている身ではあるが、なぜか記憶に強く留めている苦労ほど簡単に物語にできないのだ。
でも兄貴が言う通り、そういう話ほど大衆ウケがよく、評価されることはわかっている。ならば、2人して中途半端な場所で燻っているよりもいっそ捨て身で勝負に出た方が。
「なあ兄貴、俺のゴーストライターやれよ」
その一言を放った瞬間、辺りに流れていたジャズピアノがぴたりと止んだ。そして間、髪を入れずに大きな拍手が巻き起こる。生演奏が一区切りついたらしい。まったく人騒がせな。
肝心の兄貴は俺を凝視したまま時を止めたようになっていた。驚かれるか怒られるかのどちらかだと思ったが、それ以前らしい。
「悔しいけど、やっぱ兄貴の方が小説家としての実力は上だってわかってるし。なら俺の知名度利用して、兄貴が書いた小説出せばそれなりに売れると思うんだよな。俺が自費出版したところで世間の笑い者になって、社員に迷惑かけそうだから」
正直、自棄っぱちの思いつきだったが、説明している内に妙案だと思えてきた。
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