伽螺様からの手紙

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 伽螺様には、奥方がいらっしゃらなかったのだ。  驚きが去って、じんわりと喜びが広がる。  寂しい思いをさせないと、力強く誓ってくれている文字が、何よりも嬉しかった。  千織の疑問に見事に答えてくれていたが、将軍の手紙はそこで終わりではなかった。続く言葉に千織は目を滑らせた。 『千織。  俺は昔から、黒龍(こくりゅう)後継者(こうけいしゃ)として、命を(ねら)われることが多かった。前に、毒味(どくみ)(やく)の者が食べてからしか、食事(しょくじ)をすることが出来なかったと、話したことがあっただろう?  それは、(ねむ)るときも同じだった。  部屋の外でいつも兵が守っている中で()るのが、俺の日常(にちじょう)だった。  眠っているときは、どうしても無防備(むぼうび)になる。(てき)におそわれても、すぐに身を守れない状態(じょうたい)は、とても危険(きけん)だ。  だから、同じ寝床(ねどこ)(だれ)かがいることを、俺はずっと()けてきた。  ()ている間に、命を(うば)われる危険性(きけんせい)があったからだ』  初めて知った将軍の事実に、千織は激しく瞬きを繰り返した。  全く予想していなかったことだった。  千織が熱を出してから後、ごく当たり前のように一緒に寝床で休んでいた。  将軍がこれまで、実は誰かと眠ることを避けていたなど、初耳だった。 『だが。不思議(ふしぎ)なことに、千織だとその危険(きけん)を感じなかった。  おかしなことだ。  千織はシヅマの領主(りょうしゅ)の息子で、俺とは敵同士のはずだ。  父親から俺を(ころ)すようにと命令(めいれい)を受けている可能性(かのうせい)も大いにあった。  なのに、俺は千織がそばに居てくれると、なぜか安心できた。何より、領民(りょうみん)たちのために自分の命を投げ出す千織の気高(けだか)さに、心惹(こころひ)かれていた。  最初は、身柄(みがら)保護(ほご)するつもりで手元に置いていたが、いつの間にか千織が俺の側にいることが、ごく自然なことに感じられている。  だから、この先アガツ国へ移っても、千織は俺のそばにいてほしい』  少し行を離して、続きの言葉が綴られていた。
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