重なる熱

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 ようやく将軍は腕を緩めて、千織の頬に片手を触れさせた。 「なら」  黒い瞳が千織の姿を内に映す。 「何を思い悩んでいるのだ、千織」  優しい問いかけだった。  心にわだかまるものを、吐き出させようとしてくれているのだと、千織は気付く。  伽螺様。  この幻獣は『トカナ王家の翠龍』と呼ばれているのですか。  どうしてその翠龍の主が、私なのでしょうか。    と、とっさに洗いざらいを口に出してしまいたい衝動に駆られる。  けれど。  いつか必ず話すから、今は待ってくれと苦しげに呟いていた将軍の言葉が耳を去らなかった。  将軍が話していいと思える時まで、自分は信じて待つことが出来るはずだ。  そう言い聞かせながら、唇を噛む。  しばらく無言で見つめ合ってから、ようやく千織は口を開いた。 「あの、伽螺様――」 「どうした。何を悩んでいるのだ。思い切って言ってみろ」  後押しするように、将軍が頬を撫でながら呟く。  覚悟を決めると、千織は言を続けた。 「伽螺様は、門真兄さまが千獣部隊の兵となることを、あまりお喜びではないのでしょうか」  将軍の手が止まった。 「……千織は、そう感じたのか?」 「はい。伽螺様はすぐに答えをいつも出して下さいますが、門真兄さまのことは、断言を避けられたように思いました」  将軍が心からの微笑みを浮かべた。 「千織はなかなかに鋭い」  再び柔らかく手が動き、優しく頬が撫でられる。 「その通りだ。実は門真から直接部隊に入りたいと申し出があったのだが、その時、俺はすぐに決断できなかった」  口角を上げたまま、将軍が呟く。 「正直、迷っているのだ。俺の手元に千織と門真を置けば、いつか必ず貴透たちと戦う時を迎える」    ドキンと胸が鳴った。 「もちろん、門真もそのことはよく解っている。千織の覚悟も以前に聞いた。  だが、それでも迷うのだ。親と子に互いの命を奪い合う宿業を背負わせていいものか、とな」  ふふっと将軍は笑いをこぼした。 「きれいごとだと言われればそれまでだが――」    将軍は、門真兄がシヅマの民だから、信が置けないということでためらっているのではなかった。  自分たちが父と戦うことになる未来を憂いているのだと気付く。  その心根の優しさと深さに、千織の胸が震えた。 「門真が俺の部隊に加わってくれれば、これほど心強いことはない。武将たちもそう思っているだろう。能力的には何の問題もないのだが、俺の心の弱さがためらわせているだけだ」  将軍は微笑みながら、もう片方の手も動かすと、千織の頬を両の(たなごころ)で包んだ。 「門真の申し出はとても嬉しい。それだけは確かだ。  千織が思い悩む必要はない」  黒い瞳が、千織の苦しみを解きほぐそうとするかのように、真っ直ぐに見つめている。  きっと。  将軍は自分たち以上に、千織や門真兄のことを深く考えてくれているのだ。  感極まって、身が震える。
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