重なる熱

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「ありがとうございます、伽螺様」  千織は心からの礼を述べた。 「伽螺様のご決断に、全てをお任せいたします」  兄が千獣部隊に入ることが難しいと将軍が考えるのなら、それは正しいのだろう。  将軍は目を細めた。 「門真は、千織の身を案じるあまり、戦場に身を置くことを決意していた」  言葉をしっかり心に刻むように、千織は耳を傾ける。 「兄の眼から見ても、千織を戦場に伴うのはとても危ういことなのだろうな」  どきんと、胸が高鳴る。 「伽螺様――」  頬を温かな手で包んで将軍が苦しげに微笑んだ。 「安全なところで千織が暮らすことが、恐らくは一番良い策なのだろうが……」  独り言のような呟きに、千織はぶんぶんと首を振った。 「伽螺様、私は」 「そうは解っていても、俺は千織が側にいてほしいと願ってしまう」  はっと将軍の顔を見ると、困ったような顔で将軍が言葉を続けた。 「千織の身を危険にさらすというのに、俺は――」    何一つ迷いがないような将軍が、自分のことで悩み逡巡し、ためらい続けている。  申し訳なさと、将軍が自分と同じ気持ちでいてくれる喜びと、相反する二つの感情が同時に身の内を満たす。 「私は伽螺様のお心を煩わせないほどに、強くなります」  どれだけ言葉を重ねても、きっと本当に大丈夫だと千織が態度で示さない限り、将軍の悩みは消えないのだろう。  それでも今は将軍に誓うしかない。 「だからご安心ください。私も門真兄さまも、伽螺様のもとで戦えることを誇りに思います」  久礼野もそう言っていた。  千獣部隊の皆も同じ気持ちなのだろう。 「だからどうか、もうお心を苦しめないでください、伽螺様」  将軍の唇が、千織、と動く。  言葉にならずに名が呼ばれる。  胸の奥が痛いほどに、将軍が恋しかった。  潤んだ眼で見つめていると、千織の頬を両手で包んだまま、将軍の顔がゆっくりと近づいた。  身を屈めるようにして、唇が重なる。  温かだった。  啄むように軽く唇が触れ合った。  湧き湯から得た熱がまだ互いに身の内側に残っている。千織は無意識に将軍の身に腕を回してその温もりを抱き締めた。  熱くて揺るぎないもの。  その内側にとても繊細で優しい魂を宿して、自分に触れる大切な人。    千織はぎゅっと腕に力を込めた。  想いに応えるように、将軍の熱が深く千織を探り始める。  身を委ねて千織は将軍を受け入れた。    いつの間にか頬にあった手の一つが頭の後ろに回り、もう片方の手が背にあった。  ぐっと身を引き寄せられ、さらに熱が重なり合う。  息苦しくなって顔を赤らめると、わずかに将軍が口を離し 「鼻で息をしてみろ、千織」  と熱のこもった目で見つめながら呟いた。  鼻で、息を?    言われるままに口を軽く閉じて息をすると 「そのまま、呼吸を続けるんだ。いいな」  と呟いた後、再び唇が重ねられた。  鼻で息をしろと言われた言葉を、千織は忠実に守った。  すると――  いくら唇が触れ合っても、息苦しくならなかった。  驚く千織に気付いたのか、重なる将軍の唇が微笑みの形になった。 「上手だ、千織」  優しい囁き声の後、将軍は強く身を抱き締めて温もりを分かち合った。  いつもなら幾度か千織のために口を離し、呼吸をさせてくれるが――  新しい技を身に着けた後、将軍は穏やかに唇を重ね続けた。  息が苦しくなるたびに一生懸命に鼻で呼吸する千織に、ふっと笑みを浮かべながら――時間の感覚がなくなるほど、長く身を重ね続ける。  体の底が熱を帯びる。  かつて将軍を思うと痛みを発した場所が、今はちりちりと熱を持っていた。  呼吸は出来ているはずなのに、息がだんだん荒くなっていく。  千織は、自分の声が漏れそうで羞恥に顔を染めてしまった。  部屋の扉の向こうには、いつも兵士が二人守ってくれている。  もし声が聞こえたらどうしようと思うと、身が強張ってしまう。      
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