常とは違う理由

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常とは違う理由

「寝台へ行こうか、千織」  静かな熱を瞳の奥にたたえ、ごく近いところで将軍が千織を見つめていた。  かつてないほど長く触れ合った場所が、じんと痺れるように熱い。  寝台に行くというのは、もう眠ろうかという意味と思い、千織はこくんうなずいた。  将軍がふっと微笑み、千織が歩き出す前に、ふわりと身が持ち上げられていた。 「か、伽螺様――」  千織は盛大に戸惑ってしまった。  自分で歩けますという言葉を封じるように、抱き締める将軍の腕に力が籠る。ぎゅっと抱えられたまま、たった数歩の距離を運ばれる。  無言のまま歩を進め、寝台の上にそっと千織の身が横たえられた。  いつもなら上掛けの布団をめくって中に寄り添い眠るのに、今回は違った。  なぜか将軍は延べられた布団の上にそのまま千織を寝かせ、上から覗き込むようにしている。  幻獣の羽根の光を横に受けて、将軍の顔の陰影がより際立って見える。  黒い水晶のような澄んだ瞳が、真っ直ぐに千織を見つめていた。  なんだか、いつもと様子が違うように感じる。  常とは異なる将軍の姿に困惑しながらも、それでも大人しく千織は自分を映す黒い瞳を見つめ返していた。  ふっと、将軍が微かに眉を寄せた。  何かを懸命にこらえているかのように一瞬唇を噛んでから、将軍が口を開いた。 「千織……」  吐息と共に、名が呼ばれる。 「はい、伽螺様。何でしょうか」  想いに応えようと千織が明瞭に返事をすると、将軍が少し驚いたように寄せていた眉を解いた。  驚きが次第に笑顔に変わっていく。  片方の手を千織の顔の側について身を支え、将軍は浮かせた反対の手でそっと髪を撫でた。  しばらく無言で髪を指で(くしけず)ってから 「千織は――憶えているか」  と静かな問いが呟かれる。  何を、だろう?  と、千織が小首をかしげると、微笑んだまま将軍が言葉を続けた。 「以前に、夫婦はどうやって子を授かるかと訊いたことがあったな」  目をぱちくりとしてから、千織は頭をこくこくと動かした。 「はい、憶えております、伽螺様」    将軍が教えてくれるまで――  夫婦は手を繋いで夜眠れば、自然と子が授かるのだと千織は思い込んでいた。その誤りを将軍が正してくれたのだ。  とても衝撃を受けたことがらの一つ一つが、今も鮮明に記憶に残っていた。    再び将軍が、痛みをこらえるように切なげに眉を寄せた。    どうして伽螺様は、こんなにお辛そうなお顔をなさっているのだろう。  私が伽螺様にご心痛をおかけしているのだろうか。  千織の胸がぎゅっと痛んだ。  思い当たる節がいくつかあった。  日向の振り下ろす刃先をまともに受けた時、将軍はとても心を痛めていた。  その後、みっともなく身を震わせる自分を、ずっと腕に抱いてなだめてくれていたが、身を案じてくれているのが痛いほど伝わってきた。  たぶん、今日一日ずっとお側に居ることを許してくれたのは、再びあんな状態になることを心配してくれたからだ。  一生懸命に努力をしても、今の自分は将軍にご厄介をかけてしまう。  そのことが辛かった。
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