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将軍の焦燥
千織の真っ直ぐな眼差しを受け止めたまま、将軍は言葉を発することも出来ず――
ただ、沈黙を続けていた。
口を開けば、自分を罵る言葉を吐き出してしまいそうだったからだ。
涙の滲んだ眼で、千織は伴侶になりたいと懸命に訴えている。
何も知らないこの子に、そこまで言わせているのは、自分だ。
男同士でも結婚できると、千織が知ったのはつい昨日のことだ。
ようやく体も大人になり始めた不安定な時期なのに、自分は焦り、事を急いでしまった。
その度し難さに、冷たい怒りが内から溢れそうだった。
あの時。
門真との話し合いの後、待たせている千織のことがひどく気にかかっていた。
人と関わることを、千織は不得手としている。
乳母の一華と門真以外に愛情を向けられたことがないせいだろう。
人に怯えがちで、初対面の者にすぐ馴染めないのが常だった。
一人で残してきたことも、初めて会う久礼野と二人きりにしてしまうことも、千織に辛い思いをさせているのではないかと焦りが湧く。
日向の一太刀を浴び、土色の顔をして身を震わせていた姿が脳裏を去らない。
不安がっていないだろうか。
早く側に行って安心させてやりたい。
ただ、気が急いた。
けれど。
意外なことに、千織と薬事兵は親しげに顔を寄せて話をしていた。
あまつさえ、久礼野は近所の子に親しみを向けるように、千織の肩に手を置いて耳元で何かを囁いている。
なんだ、あの不遜な態度は。
言いようのない不快感が内側から湧いてきた。
指月や多陀たちなら、千織が自分にとってどういう存在かを弁えて、丁重に扱ってくれていた。当初は上王陛下のご所有に帰すもの、という理由だったが、アガツ国からの一時帰国を終えた後は、明らかに自分の伴侶として敬意をもって接してくれている。
時期尚早とはいえ、彼らの態度を将軍も否定することはしなかった。
だが、この若い薬事兵は違う。
千織が千獣部隊の総大将にとってどういう存在かを、彼は知らないようだった。
その上で、年端のいかない子に対するような砕けた態度のまま接している。
その彼の話を千織は驚いた顔で聞いていた。
もしや。
何かシヅマのことで、千織が不快になることでも久礼野は耳打ちしているのではないだろうか。
一瞬にして疑惑が湧き起り、足を速めて近寄りながら将軍は声をかけた。
気付くと同時に輝く千織の笑顔が、自分に向けられた。
その表情を見て、特に不快なことを告げられていたわけではないのだと、安堵する。
千織は実に素直に感情を顔に出す。
嫌なことがあれば、すぐさま瞳を曇らせるのですぐ解る。
表情から苦痛がうかがえないのは良しとしよう。
だが、一体何を話していたのだ。
話の内容が気になった。
それに。
久礼野が自分を見ていた。
なのに、その手が肩から動かない。
苛立ちが募った。
誰に触れているのか、この年若い薬事兵はやはり理解していないようだ。
その誤りを正そうとして、将軍はふと言葉を飲んだ。
今。
千織は将来伴侶になるべき者なのだと、自分はどこにも公言することは出来ない。
いまだに千織の身は上王の管轄下にあった。
その事実が、突然胸を締め付けた。
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