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あの時の自分は、普通ではなかったのだろう。
上王との約束を信じたい。
けれど。
アガツ国の臣である以上、上王の命令は絶対だ。
急遽上王の考えが変わったとしたら、それがどんなに辛いことであったとしても言を飲むしかない。
自分の置かれている立場が苦しかった。
何と引き換えにしてもいい。
千織を失いたくなかった。
不確かな未来を思い煩うあまり、自分は焦燥に駆られたらしい。
大切にしたいと思っていたのに、もっと確実なものを欲してしまった。
身を繋げ想いを交わせば、揺るぎない絆を得られる。
そんな風に早合点してしまったのかもしれない。
千織は涙を滲ませた目で見つめながら、じっと自分の言葉を待っていた。
胸が、痛んだ。
こんなにも愛しい存在を、どうして追い込むような愚挙に出てしまったのだろう。
再び、冷たい怒りが内側から湧く。
この華奢な体で、どうして自分を受け入れられる。
千織の身体と心が成長するまで、待つと決めたのではないのか。
ようやく蕾をほころばせたばかりの花だ。
無残に折り取るような真似をしては――
万葉姫が悲しむ。
「――伽螺様」
あまりに長い沈黙に、声を震わせながら千織が名を呼ぶ。
潤む淡い色の瞳を見つめてから、将軍は表情を和らげた。
「千織」
滑らかな頬に触れた手をそっと動かし、悔いの滲む言葉を滴らせる。
「俺が間違えていた。形だけに囚われて、一番大切なことを見失ってしまっていたらしい」
静かに微笑むと、想いが言葉となった。
「真名を交わしていなくても、千織は俺の伴侶だ」
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