交わし合う心の内

1/5
12473人が本棚に入れています
本棚に追加
/1636ページ

交わし合う心の内

 千織は、戸惑っていた。  長すぎる沈黙の中、将軍が何かを考えていることが手触りのように感じ取れる。  どうやら将軍が表情を消してしまうほど、自分はおかしなことを言ってしまったらしい。問う言葉を間違えてしまったのだろうかと、黙する将軍を前にして千織の胸が痛んだ。  昔。  母親がよく、感情のこもらない顔で自分を見ていたことを思い出す。  叱責でも嫌悪でもなく、ただ。  自分の存在を認めてくれない、きっぱりとした拒絶が母の眼の中にあった。  蘇った辛い記憶と将軍の表情が重なり、千織は急に不安に苛まれてしまった。 「――伽螺様」  名を呼ぶ。  この人は自分の大切な人だ。  そう確かめたくて懸命に発した声に、将軍が不意に表情を和ませた。  たったそれだけのことで、胸の奥の固いしこりがふっと溶けだしていった。  とたんに呼吸が楽になる。  そうなってから初めて千織は気付いた。  どうやら自分はずっと息を詰めてしまっていたらしい。  頬に触れる手が動いてから、詫びのような言葉が耳朶に触れる。  千織は驚いてしまった。  どうして伽螺様が謝られるのだろう?  目を丸くする千織に、将軍は優しく「真名を交わしていなくても、千織は俺の伴侶だ」と呟いた。  言葉の優しさと眼差しの深さに胸の奥が甘く痺れていく。  ふっと笑みを浮かべると、将軍は誓うように言葉を続けた。 「どんな運命が待ち受けていたとしても、俺が生涯伴侶と呼ぶのは千織だけだ。この世でたった一人」  笑みを深めて将軍が呟く。 「千織だけが俺の伴侶だ」  世界の全てが、将軍の微笑みで満たされる。 「世間の伴侶としての在り方をなぞる必要などなかったのだ。俺が千織を想い、千織が俺を慕ってくれる。その絆を信じ抜けばいいだけだ。俺たちだけの歩幅で、ゆっくりと歩んでいけばいい。たったそれだけのことに、ようやく俺は気付けた」  将軍の触れる手が温かだった。 「はるかな神話の時代。どんなに姿が変わっても、朝霞が叢雲を見出したように……お互いを想い合う心だけを信じて進んでいこう」  ふっと柔らかく目が細められた。 「俺は千織が何に姿を変えても、どこに行っても必ず千織にたどり着く」  いづくより湧き  いづくへと行く想いかと  問えど知らざる我が心  ただ一筋に君求め  人の通わぬ旅路征く――
/1636ページ

最初のコメントを投稿しよう!