12468人が本棚に入れています
本棚に追加
母と慕う人に、拒まれる辛さは千織も知っていた。
想いが溢れて身が震える。
新しい涙が目に滲んできた。
「だが、このシヅマの領主の館で千織に出逢い、少しずつ、自分の中の何かが変わっていった。俺は、誰かと寄り添って眠る温もりと喜びを、初めて千織から教えられた」
ふっと笑いの息がもれる。
「一人、刺客に怯えながら眠る夜は、安らぎからは程遠い時間だったからな」
針で刺されるように、千織の心がちくちくと痛んだ。
どうして黒龍の主であるだけで、こんなに辛い思いをしなくてはならないのだろう。
押し付けた将軍の黒衣に、涙が染み込んでいく。
「民のために一人で館に残った千織を、アガツ国で幸せにしてあげたい。最初はそう考えていた。だが次第に、千織の幸せを、側で見守り続けたいと思うようになっていた。この子の側で笑っていたい。くるくると変わる表情をいつまでも眺めていたい。いつの間にか、願いは切実なものへとなっていた。
俺は」
小さく呟きがこぼれる。
「初めて、自分から誰かを欲した」
胸の奥で、何かがことんと音を立てたような気がした。
自分の思っている大好きとは、少し質の違う想いを将軍は傾けてくれている。
もっと深くて激しくて、身を切るほどの切なさを持つ感情だった。
「俺が伴侶になりたいと願ったのは、千織だけだ。一生それは変わらない」
「私もです」
何とか将軍の想いに応えたくて、千織は言葉を絞っていた。
「伽螺様だけです。伽螺様だから伴侶になりたいと心から思いました」
ふっと将軍が笑ったような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!