交わし合う心の内

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   思いを告げた千織の髪に軽く唇で触れてから 「正月まで、あとひと月と少し」  と落ち着きを取り戻した声で、将軍が呟いた。 「アガツ国で宣旨を受けた後、時をおかず千織と仮祝言(かりしゅうげん)を上げたいと思っている」  仮祝言。  という初めて聞く言葉に、千織は目を丸くした。 「仮祝言、ですか?」 「ああ。シヅマの国でもそうだと思うが、祝言となるとそれまでの準備に相当の時を費やす。だが急な戦に参じる時など、十分な用意が出来ない。そんな折には簡略化して仮に祝言をあげ、後に正式な祝言を執り行うという方法が取られるのだ。便宜上行うこの祝言のことを、仮祝言と呼びならわしている」    将軍の言葉に、千織は目を瞬かせた。 「アガツ国に帰還する際、千織の同行を願い出てみようと思う。叶えば――正月の宣旨の後、すぐにでも仮祝言をあげることが出来る。仮とはいえ、祝言は祝言だ。そうなれば、千織を堂々と俺の伴侶だと公言できる」  言葉と共に将軍が腕を緩め、少し身を浮かした。  涙の滲む千織の顔を見つめると、 「そこから、ゆっくりと二人で歩んでいこう。俺たちの伴侶としての道をな」  と静かに呟いた。 「はい、伽螺様」  すんと鼻をすすりながら、千織は答えていた。 「仮祝言が楽しみです」  何とか笑おうとして、涙が目からこぼれ落ちる。  将軍が黙って顔を寄せ、目に浮く涙に唇で触れた。  両目に宿る滴を柔らかく吸い取ってから、その唇が千織の口に重ねられた。  触れる場所が、微かに塩辛い。  涙の味だ。  ふと千織は、海の水も塩辛いと教えてくれた将軍の言葉を思い出していた。  もしかして、涙は海と同じ味がするのだろうか?  柔らかく唇が触れ合い、味が薄れた頃、将軍が再び顔を浮かせた。 「俺は、誰にもどこにも指をさされることなく、堂々と千織を伴侶としたい」  真摯な眼差しで 「一時の感情に流されて、危うく千織に後ろめたい思いをさせるところだった。すまない」  と悔いが籠った言葉を呟いた。  意味が解らず瞬きをすると、再び将軍の唇が近づいて額に触れた。 「俺はもう少し、忍耐を鍛えるべきだな。将軍職に胡坐をかいて精神修養を怠ったつけが巡ってきたようだ。今後は千織が日向の稽古を受ける横で、素振りに勤しもう」  
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