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そこより、横たわっていた場所から動き、将軍と身を寄せ合って一つの布団にくるまる。
ふふっと笑ってから、千織の右手を将軍の左の指が絡めとる。
「正月の宣旨までに、天の神によくご照覧いただかなくてはな」
ぎゅっと握り込まれた手の内側が温かくて、千織の目に涙が滲みそうになった。
「伽螺様」
小さな声で千織は名を呼ぶ。
「どうした」
「あの」
言いかけてためらい、それでも意を決して千織は告げた。
「私も、母上から疎んじられていました」
はっきりと口にすると、胸がずきんと痛んだ。自分で認めてしまうようで心がきしむ。でも、将軍の悲しみを和らげたくて、懸命に千織は続けた。
「体格や能力が兄上たちに比べて劣っていたことが、恥ずかしかったのだと思います。悲しいことでしたが、どんなに良い息子でいようと思っても、母上は私を顧みてくれることはありませんでした。
館を出る時も、母上は私に視線すら向けてくれませんでした」
さっきとは違う涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「最後に館に残ると決めた時、もしかしたら母上から一言でも、領主の息子としてよくやったとお言葉がもらえるのかもしれないと……そんな浅ましいことすら考えてしまったのです」
将軍が教えてくれたように、千織も内側にずっと閉じ込めていた想いを懸命に語った。
「でも、母上は私を見て下さいませんでした。それほど深く、母上は私のことを嫌っていらっしゃったのだと思います」
将軍の眉がぎゅっと寄せられた。
「千織」
「ですが、伽螺様。私は母上のことを嫌いだと思ったことはありませんでした。どうして兄上と同じようにならないのだろうと、とても残念には思いましたが――それは自分が至らないせいだとずっと自分自身を責めてきました」
想いが涙となって滴る。
「きっと苦しいのは、母上のことを心から嫌いになれないからなのですね、伽螺様。少しでも自分を見てほしい、兄上に向けると同じ優しい眼差しを自分に注いでほしい。
そんな風に考えてしまうから――苦しいのですね」
きっと。
将軍も同じ苦しみを抱えている。
そんな気がした。
返事の代わりに将軍が千織を腕に包んだ。
黙したまま、熱が与えられる。
それ以上、将軍は何も言わなかった。
言葉が途切れた後の穏やかな静寂が不思議に心を落ち着けていく。
体だけでなく、心の内側にも傷を持つ人の身を、千織は大切に抱き締め返していた。
大切な秘密を交わし合い、指を絡めて眠る。
きっとこれが、自分達の伴侶としての姿なのだろう。
それで良いと言ってくれた将軍の言葉が嬉しかった。
繋いだ指を離さずに、どこまでも一緒に歩いていきたい。
眠りに落ち込みながら、千織はそう考えていた。
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