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灯りに照らされ、駒津の姿がぽうっと浮かんでいる。
それを目印に歩きながら、門真は将軍にも話したことを思い返していた。
駒津には、上王陛下の寵童について何か思い入れがあるのかもしれない。
彼が戸口から去った後、つらつらと考えた結果たどり着いた考えだった。
駒津がいつも浮かべる表情は、どこか計算されたもののように感じていた。
だが、千織のことに触れた瞬間、生の感情を露わにしたような印象を受けたのだ。
兄であるのに、弟が寵童となることを受け入れたことをなじる言葉には、純粋な怒りが含まれていた。
シヅマの荒鷲の息子の境遇がどうであろうと、駒津には関係がないはずだ。
むしろ、それを意図して大枚をはたいて元邑を、仲間に誘い入れている。
なのになぜ、駒津は千織のことでそこまで感情を荒げるのだろう。
考え込んでいると、ふと、この作戦の発案者は父であることを思い出し、門真は一人内側に納得していた。
千織を寵童として上王陛下に差し出すことは、駒津の本意ではなかったのかもしれない。だが、為さねばならないことだった。
そのことに、彼自身もあるいは苦しんでいたのかもしれない。
将軍が誠意をもって千織を守り抜き、上王陛下の寵童として召される未来から弟を救ってくれた。
そのことを――
駒津は心ひそかに喜んでいたのかもしれない。たとえ作戦自体は失敗であったとしても。
そんな気がしたのだ。
あの時の言動は、息子をみすみす不幸な目に陥れるような計画を立てる父親に対する怒りを、そのまま門真にぶつけたのだとしたら納得もいく。
蔑んだような眼は、本来なら父に向かうべきものだったのかもしれない。
そこまでの想いがありながら――
なぜ駒津はアガツ国を裏切り、シヅマに手を貸すのだろう。
彼の真の目的は一体何だろう。
それに。
裏切り者たちが父がシヅマの国を取り戻すことに手助けをするにしても――なぜ、千織を上王陛下に差し出す必要があるのだろう。
解けない謎が胸に渦巻く。
何か。
もっと大きな意図が、今回の一連の出来事には隠されているような気がしてならない。父は、底知れぬ謀略を張り巡らせることが巧みだった。
眼に見えない蜘蛛の糸のように。いつの間にか身を絡めとられ、父の意図するままに動かされる。
ここまで考えて、はっと、門真は駒津を追う足を止めそうになった。
まさか。
思いついたことがあまりに衝撃的過ぎて、一瞬、頭が真っ白になる。
どくん、どくんと心臓の音が耳元で鳴っていた。
自分の行動の全てが、父の謀の一部だという可能性もあった。
そうだ。
自分に宛てた文を、裏切り者はあらかじめ地下通路の出口に用意していた。
それこそが、自分が父の手の上で踊らされていた証拠だったというのに。
いつの間にか見落としてしまっていたようだ。
もし、父が千織のことを思うあまり、自分が単騎シヅマに戻ることを想定していたとしたら――自分も知らず知らずのうちに父の駒として使われているのではないだろうか。
にわかに疑問が渦巻き、門真は眉を寄せた。
立ち止まりかけて、今、自分は駒津を追っていたことを思い出す。
雑念を頭から払いのけて、目の前のことに集中を戻した。
悩むのは後だ。
今は――駒津の行動を見届けるのが先だ。
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