12469人が本棚に入れています
本棚に追加
足音をさせぬよう、揺れる灯の光を追って歩く。
それでも、胸の鼓動の高まりが収まらない。
駒津は慣れた様子で道をとっている。
どうやら、彼が向かう先は北の方角らしかった。
館からかなり離れるが、彼は淀みない歩幅で歩き続ける。
何が目的だろう。
と考えながら後をつけ続けると、駒津が足を止めたのは、北の門のあるところだった。
「警備ご苦労だな! 仕事が手間取って遅くなってすまなかった」
駒津が門に向かって声をかける。
その声の先には、北の門の上で守りにつく兵士の姿があった。
シヅマの街は、周囲を高い城壁で取り巻いている。
出入りするための門は、二か所。
南の正門と、北の裏門だった。
門は、自分がシヅマで暮らしていた時には、朝には開き、夕方には閉じていた。
さらにこの門には左右に階段がついていて、城壁の上に昇れるようになっている。
城壁の上から周囲を警戒し、他国からの侵略をいち早く察知するためだった。有事の時にはのろしで知らせ、合図と共に門は固く閉じられて街は一個の要塞と化した。
将軍は昼夜を問わず、兵士にその城壁の上で守りに就かせている。
今、駒津が声をかけた兵士は、不寝番に当たっているようだ。
駒津の声にこたえて、一人の兵士が降りてきた。
「ああ、すまないな。腹に何か入れたいと話していたところだ。丁度よかった」
「少し冷めたかもしれないが、温かい汁物を持ってきた。腹から温まってくれ」
兵士の声に、駒津が答えている。
そうか。
駒津が携えてきた包みには食事が入っていたのだ。
寝ずの番をする兵士たちのために、北の門まで食糧を運んできたようだ。
夜食、という訳なのだろう。
丁寧に礼を言って、兵士は包みを受け取るとそのまま再び階段を上がっていった。
城壁の上から、待ちかねたような歓声が軽く上がる。
兵士も人の子だ。腹が減れば辛くなるし、胃の腑が満てれば幸福になる。
特に不寝番をする者たちにとっては、嬉しい食事なのだろう。
食事を渡し終えた駒津は、城壁を仰いで無言で佇んでいた。
門真は警戒をしながら、様子をうかがう。
しばらくしてから、静かに駒津が動いた。
仕事を終えたはずなのに、彼は帰路につかなかった。
向かった先は、先ほど兵士が降りてきた階段とは反対の場所にある、もう一つの、城壁に昇るための階段だった。
何をするのだろう――
と門真が息を詰めてみていると、駒津は警戒しながら階段を途中まで昇った。
階段を上る駒津の姿は、城壁の上からは死角になって見えない。
それでも駒津は用心深く、兵士たちの様子をうかがっていた。
兵たちが食事に夢中になっている様子を確かめてから、駒津は門のすぐ側、城壁にあけられている小さな穴に意識を向けた。
それは、狭間だった。
門を閉じたまま弓矢などで敵を攻撃できるよう、城壁にいくつか開けられた小窓。階段の途中が、ちょうどその狭間の位置に当たる。
そこに駒津は、手にしてきた灯りを向けた。
何かを操作したのか、灯りが先ほどよりも強くなる。
駒津は城壁の兵士の動きを気にしながらも、狭間に灯りを押し付けた。
そして。
奇妙なことに、その灯りの前で、自身の袖を狭間と灯りの間を遮るように、幾度か規則的に動かしている。
最初のコメントを投稿しよう!