千織が眠る間に Ⅱ

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 門真は素直にうなずくと、身の幅だけ開いた間から部屋へと滑り込んだ。  閉める前に、将軍も素早く左右に目を配り、人が居ないことを確認する。  丁寧に扉を閉じてから、言葉を発さないまま手ぶりで小卓へと誘う。  門真は意を汲んで椅子の一つへと無言で進んだ。  将軍は寝台の近くに置いていた朱鳥の灯りを取ると、寝床に休む千織の姿に注意を向けた。  穏やかな寝息が規則的に響いている。  千織の眠りはやはり深いようだ。  これなら、小声で門真と話をしても起きる心配はなさそうだ。  確信を得てから、灯りを手に門真の待つ小卓へと歩を進めた。  将軍が灯りを小卓の上に置くまで待ってから、門真が口を開いた。 「明日にでもと思ったのだが」  ほとんど息遣いのような囁き声で門真が告げる。 「なるべく早く耳に入れておく方がいいだろうと考えたのだ」 「何があった」  小卓に肘をつき、顔を寄せて問いかけると、門真が目を細めた。 「駒津が動いた」 「駒津が?」 「将軍の部隊では、城壁の上で周囲を警戒する兵士たちには夜食が運ばれるようだな」 「ああ。夜を徹して護るからな。そう指示している」 「駒津は炊事兵だ。食事を運ぶ係ではなかったようだが、今夜わざわざ役を代わって、北の裏門へと食事を運んでいた。内通者が動くかと思って勝手口で見張っていたのだが、駒津の言動に腑に落ちぬところがあって――後をつけてみた」 「相手に気付かれなかったのか?」 「それは大丈夫だったと思う」  将軍の問いに、門真は穏やかだが自信に満ちた言葉を返す。  門真の動きは常から確かに静かだ。  気配を消して駒津の後を追ったのだろう。それにしても、月がまだ明るい夜だ。危険と隣り合わせの行動であることには間違いない。 「大胆なことをする」  将軍の言葉に、門真が小さく笑った。 「千載一遇の機会を逃すわけにはいかないからな」  ちょっと言葉を切ってから、 「駒津は、兵士たちに食事を届けた後、城壁の上に戻った兵たちの様子をうかがいながら、奇妙な行動に出た」  その時のことを思い出しているのだろう。門真の眉が寄せられた。 「北の門には、城壁に上る階段が二か所ある。兵たちが使っている方とは別の階段の途中まで上がると、壁に開けている狭間(ざま)に灯りを寄せたのだ。  それから――壁と灯りの間で袖を動かし、光を点滅させるような行動をとった」  狭間(ざま)は、籠城の時などに敵を壁の内側から攻撃するためにつけられている小さな窓のことだ。  そこに灯りを寄せ、駒津は袖で遮りながら点滅させた。 「壁の向こうの誰かと連絡を取っていた、ということか?」  将軍の言葉に、門真が深くうなずいた。 「恐らくは。光をちらつかせることで、どうやって相手に伝言するのかは不明だが――外に向けて何らかの連絡を取っていたことは確かだと思う」 「光で連絡を取り合う? 初めて聞く方法だな」 「私も初見だ。最初は何をしているのか解らなかった。だが、駒津は同じ行動を二回繰り返した。その段階でようやく、何らかの連絡を光を瞬かせることでしていると察知したのだ」
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