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言われるがままに、門真は朱鳥の羽根の灯りを袖で覆い、素早く動かした。
「こんな感じだ、将軍」
ぱっぱと、規則的に光と闇がいれ違う。
動作を終えてから、門真は問いかける眼差しを将軍に向けた。
思わず無意識に首が揺れる。
「なるほど。光ではないが、違うやり方でそれと同じように情報を伝える部族がある。アガツ国の山岳民族だ。彼らは太鼓を使って、遠く離れていてもかなり高度な情報を伝えあうことが出来る」
「太鼓を使って?」
「ああ、そうだ。山深いところに住む者たちだ。行き来するのが大変だからだろう。太鼓を使用して離れた者同士が情報を交換する技術が発達したらしい。音の間隔や速度を変えることで、実に自在に意思の疎通をはかっていた。先ほど門真が言っていたように、内容を二度繰り返すのも同じだ」
門真が驚きを露わにした。
「アガツ国の山岳民族――それは、どこの部族だ、将軍」
「待ってくれ。今、思い出す」
あれは、今から十年以上前。
まだ皇太子だった上王と共に、カルドナ国を攻略した時のことだ。
勇猛果敢な彼らは、通信手段として変わった方法を使っていた。近隣の山岳民族独自の文化を利用するもので、太鼓や鐘など、音を使って遠く離れた部隊同士が連携をとっていた。瞬時に情報を交わし合い、作戦を展開するカルドナ国軍に、アガツ国は苦しめられていた。
情報を伝えるのに音を使っていると気付いたのは、上王だった。すぐさま同じ山岳民族を仲間に入れ、彼らが伝えている内容を読み取らせた。
それによって相手の情報が筒抜けとなり――こちらが一歩手を有利に進めることが出来た。
その時に協力した山岳民族は……
「かつての国名で、クシナ・レピトド国だ。国土のほとんどが険しい山で、独特の文化を持つ一族だった」
「クシナ・レピトド国」
門真は、将軍の言葉をしっかりと記憶に刻むように呟いている。
先ほど門真が再現した光の点滅は、彼らの使っていたものと似ていた。
「音を光に変えて、連絡を取り合ったという可能性は高い。もし、駒津がその国の出身だったとしたら、彼の正体を探る有力な手掛かりになるな」
呟いてから、将軍は眉を寄せた。
クシナ・レピトド国は、今はクリシナ州に組み込まれ、国としてのまとまりは無くなってきていると思っていた。が、駒津がその地の出身だとすれば、何らかの理由があってアガツ国に恨みを抱いている、ということになるのだろうか。
国の名を失ったとしても、民としての誇りまでは奪えない。
旧ナヅカ王国の民たちもそうだった。アガツ国に取り込まれていても、ナヅカ王家に対する忠誠の火は、彼らの中から消えることはなかった。
「クシナ・レピトド国――」
何かを確かめるように、門真がもう一度国の名を呟いた。
「将軍」
微かな声で問いが呟かれる。
「かつて上王陛下の寵童として、クシナ・レピトド国の支配者階級の息子がいたということはないだろうか」
将軍は問いに首を横に振らざるを得なかった。
「すまない、門真。奥宮の情報はあまり外に出ない。それに真名を得れば故国に帰されるため、少年たちの入れ替わりも激しい。正直、俺がはっきりと知っているのは牙門将軍の沃珀ぐらいのものだ」
「そうか」
門真は小さく頭を動かして呟いた。
「もしかしたら、駒津の弟が――と思ったのだが」
「何らかの方法で調べることは出来ると思う。少し待ってくれ」
「了解した。将軍にお任せする」
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