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明るさを取り戻した門真の顔を見て、ふと千織が夕餉の折に沈んでいたことを将軍は思い出した。
結局――自分は千織の口から、悩みの原因を聞きだすことが出来なかった。
「敵国の部隊の中にあるということは、たとえ穏やかに過ごしているようでも、相当に心に負担がかかるのだろうな」
ぽつりと呟いた言葉に、門真が首を傾げる。
「いや」
将軍は苦笑いをこぼした。
「実は俺が勝手に勘違いをして、千織を問い詰めてしまったのだ。夕餉の時に妙に暗い顔をしていたのが気にかかってな。まさか、薬事兵にきつい言葉でもかけられたのではないかと、勘繰ってしまった。
全く見当違いだったが――俺の目の届かぬところで、何か辛い思いをして一人で抱え込んでいるのではないかと、つい、な」
貴透の次なる策略について考えなくてはならない大事な局面で、自分はたわいもないことを口にしている。
と、解っていたが心の内側の呟きが止まらなかった。
どうやら迷いを門真に聞いてほしかったらしい。その弱さに、思わず自嘲が口元に浮かんだ。
「捨て置いてくれ。独り言だ」
笑いと共に呟いた言葉に、門真がきつく眉を寄せた。
「千織が悩んでいたとしたら――それは私が原因かもしれない」
突然の言葉に、将軍は思わず驚きを顔に浮かべてしまった。
「それは、どういうことだ」
意図せぬ強い言葉が口からでる。
「昨日。日向殿から、千織が将軍と共に戦うことを強く決意していると聞いて、兄として本来なら褒めてやるべきところを、あの子の性格を思ってつい忠告をしてしまったのだ」
眉を寄せたまま、門真は懺悔のような言葉を口から滴らせる。
「将軍が千織の想いを汲んで、側に置いて下さろうというのは、よく解る。だが、弓一つおぼつかない弟では、将軍はじめ武将方の足手まといとなってしまうことは目に見えている。戦場で、誰かをかばいながら戦うのは至難の業だ。
そのことを、説いて聞かせようとして――」
苦しげに門真は言葉を続けた。
「トカナ王家の翠龍のことを例に引いて、黒龍の主である将軍は、誰からも狙われる存在だと千織に語ったのだ。
そのことによほど衝撃を受けたようで、千織は将軍の身を案じて涙を流してしまった。恐らく今も、そのことが気にかかっているのだと思う。私のせいだ、将軍」
門真の語った言葉に、将軍は凍り付いた。
トカナ王家の翠龍――
うかつだった。
門真はトカナ王家が滅んだ時、自分と同じぐらいの年頃だっただろう。戦に参加するには幼いが、父親の武勲は聞かされていたはずだ。
まさか。
門真の口から翠龍がトカナ王家に属するものだという言葉が出るとは。
予想外の出来事に、動揺が走る。
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