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血の気が下がるような感覚が、身の内側に広がった。
表情を消した将軍の顔を見つめて、門真はさらに眉を寄せた。
「すまない、将軍。いたずらに千織を不安がらせてしまった」
切り替えろ。
と、将軍は自分自身に命じた。
門真は弟を案じて幻獣のことを語ったに過ぎない。
動揺を悟られるな。
門真は勘が鋭い。自分の態度から、異変を読み取ってしまうかもしれない。
「そうか。千織は俺の身を心配するあまり、暗い顔をしていたのだな」
掠れそうになる声で、将軍は呟いた。
「そうだと思う。将軍に関することなので、簡単に言い出せずに煩悶していたのだろう。可哀想なことをした」
悔いの滲む門真の言葉に、将軍は小さく首を振った。
「それでも、弟を思う真心から出た言葉だ。自分を責めることはない、門真。翠龍のことは歴史の真実だ」
そうか。
翠龍がトカナ王家の幻獣だと、千織は知ってしまったのだ。
それを自分に問いただすことも出来ず、抱え込んで苦しんでいたのだ。
自分が待っていてくれと言ったから、千織は問うことも出来ずに辛抱していたのだろう。
あれほどまでに、翠龍の前の主のことを知りたがっていたのに。
兄から聞かされたとも気取らせず、秘密に一人で耐え続けていたのだ。
いとけなさが、胸を締め付ける。
「きっかけを作ってくれて、むしろ感謝している。俺から千織にきちんと話しておこう。そうすれば、不安も取り除けるだろう」
将軍の言葉に、門真がほっとした顔になる。
「それはありがたい。お願いできるだろうか、将軍」
「もちろんだ。勇気をもって話してくれたのだな。礼を言う、門真」
もう。
話すべき時に来ているのだろう。
真名を得て、大人になろうとしている千織なら、耐えられると。
天がそう判断したのかもしれない。
母親に愛されていなかったと、涙ながらに告げた言葉が胸を打つ。
違う。
そうではない。
貴透の妻は千織の母などではない。
本当の母親は万葉姫だ。
乳母として、母の名乗りをあげられぬままであっても、万葉姫は十年の間側で愛情を注ぎ続けてきた。深く、確かに力強く。
そのことを、もう、伝えて上げなくてはならない。
自分とは違って――千織は真実、両親から愛されていたのだと。
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