千織が眠る間に Ⅱ

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 血の気が下がるような感覚が、身の内側に広がった。  表情を消した将軍の顔を見つめて、門真はさらに眉を寄せた。 「すまない、将軍。いたずらに千織を不安がらせてしまった」    切り替えろ。  と、将軍は自分自身に命じた。  門真は弟を案じて幻獣のことを語ったに過ぎない。  動揺を悟られるな。  門真は勘が鋭い。自分の態度から、異変を読み取ってしまうかもしれない。 「そうか。千織は俺の身を心配するあまり、暗い顔をしていたのだな」  掠れそうになる声で、将軍は呟いた。 「そうだと思う。将軍に関することなので、簡単に言い出せずに煩悶していたのだろう。可哀想なことをした」  悔いの滲む門真の言葉に、将軍は小さく首を振った。 「それでも、弟を思う真心から出た言葉だ。自分を責めることはない、門真。翠龍のことは歴史の真実だ」    そうか。  翠龍がトカナ王家の幻獣だと、千織は知ってしまったのだ。  それを自分に問いただすことも出来ず、抱え込んで苦しんでいたのだ。  自分が待っていてくれと言ったから、千織は問うことも出来ずに辛抱していたのだろう。  あれほどまでに、翠龍の前の主のことを知りたがっていたのに。  兄から聞かされたとも気取らせず、秘密に一人で耐え続けていたのだ。  いとけなさが、胸を締め付ける。 「きっかけを作ってくれて、むしろ感謝している。俺から千織にきちんと話しておこう。そうすれば、不安も取り除けるだろう」  将軍の言葉に、門真がほっとした顔になる。 「それはありがたい。お願いできるだろうか、将軍」 「もちろんだ。勇気をもって話してくれたのだな。礼を言う、門真」  もう。  話すべき時に来ているのだろう。  真名を得て、大人になろうとしている千織なら、耐えられると。  天がそう判断したのかもしれない。    母親に愛されていなかったと、涙ながらに告げた言葉が胸を打つ。  違う。  そうではない。  貴透の妻は千織の母などではない。  本当の母親は万葉姫だ。  乳母として、母の名乗りをあげられぬままであっても、万葉姫は十年の間側で愛情を注ぎ続けてきた。深く、確かに力強く。  そのことを、もう、伝えて上げなくてはならない。  自分とは違って――千織は真実、両親から愛されていたのだと。
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