千織が眠る間に Ⅱ

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「今夜、話せて良かった」  将軍の呟きに、門真が瞬きをした。 「駒津のことを、早く告げねばと将軍の寝所へ立ち寄ったが――兵士が前を守っていなくて驚いた。渡りに船と、思わず扉を叩いてしまったが。兵士を前に置かないとは、常とは違うな。何かあったのか、将軍」  門真の問いに、一瞬、返事が遅れた。 「ここにはアガツ国の者しかいない」  遠くへ視線を向けながら、将軍は呟いていた。 「俺の兵たちだ。味方ばかりの中で扉を守る必要など本来なかったのだ。そのことに気付いただけだ」  ふっと笑いがこぼれる。 「それだけのことだ、門真」  門真は瞬きをした。  思うところはあったのかもしれないが、彼はそれ以上追究してはこなかった。    駒津(こまつ)の件については、それとなく匡晃(まさてる)に尋ねてみることで、門真と意見が一致する。久礼野を勝手に門真につけたことで、一度匡晃とは話し合う必要があった。自分としては不問に付したいところだが、指月(しづき)が許さないだろう。  将として上に立つ者の心得を、説いて聞かせるのも自分の役目だった。  門真は、引き続き駒津の行動を見張ることを告げて、今夜は辞去することにしたようだ。 「きちんと眠れよ、門真」  背にかけた言葉に、彼は微笑んだ。 「将軍も」  そして、笑顔のまま門真は戸口から姿を消した。  彼が去った後の空間を、しばらく無言で見つめる。  ふっと吐息をついてから、将軍は踵を返し寝台へ向かった。  話し合いの間に冷えた身を、千織の側に横たえることに、ふとためらう。きっと千織が寒い思いをするだろう。  だが、仕方がないと割り切って、ゆっくりと布団の間に身を滑り込ませる。  やはり冷えていたのだろう。  千織はびくっとわずかに身を震わせた。 「すまない、千織」  小さく呟いた言葉に、千織が自分の方へ腕を伸ばしてきた。  華奢な手が腕に触れると、そこで安心したように再び寝息が聞こえだす。  寝入っていながらも自分を求める様子に、胸が甘く痺れていく。  千織に――告げなくてはならない。  一切の真実を。  思いながら、将軍は目をゆっくりと閉じた。  瞼の奥に広がる闇を見つめながらも、眠りはなかなか訪れてはくれなかった。
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