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日向との稽古
思いの外、千織は爽やかな目覚めを迎えていた。
将軍の大切な秘密を教えてもらい、ずっと胸の奥に秘めていた悲しみを口にする事が出来たからだろうか。ずいぶんと深く安らいで眠ったようだ。
重い衣を一枚脱ぎ捨てたような、すっきりとした気分で目を開く。
ゆっくりと光が宿る視界には、温かな微笑みがあった。
将軍が、目を細めて千織の目ざめを見守っていたようだ。
「伽螺様」
起きたばかりのためか、かすれた声しか出ない。別人のような自分の声に顔を赤らめる千織に、将軍の笑みが深まった。
「良く寝ていたな」
言葉と共に、大きな手が千織の髪を撫でた。
「恐い夢は見なかったか?」
優しい問いだった。
幾度か夢にうなされたことがあるせいか、時々将軍は悪夢を見なかったかと千織に尋ねる。
ぶんぶんと千織は頭を振った。
「はい。夢も見ないで寝ておりました。いつもよりもしっかり眠れたように思います」
「それは良かった」
顔をほころばせて、将軍が呟く。
その笑顔が、何だかくたびれているように見えて、千織はおや? と首を傾げそうになった。
以前、困ったことが起こって一日部屋から出ないようにと置手紙で言い残してくれた時も、将軍はこんな顔をしていた。
自分が寝込む横で、将軍はあまり眠れていないのだろうか?
「伽螺様は、良くお眠りになられましたか?」
心配になって、千織は思わず問いかけてしまった。
ちょっと眉をあげて将軍が驚きを顔に浮かべる。
すぐ笑顔に戻り、将軍は柔らかく呟いた。
「ああ、よく眠れた。千織が側にいてくれたからな」
それ以上の問いを封じるように、将軍が顔を近づけて唇で額に触れる。
「朝食の後、日向が稽古をつけると言っていた」
将軍は呟いた後、顔を離して笑顔になる。
「新しく迎えた弟子との時間を楽しみにしているようだ。しっかりと朝餉を腹に入れて、備えねばな。日向の体力についていくのは、俺でも難しい」
将軍の言葉の真の意味を、千織はこのあと身をもって知ることになる。
*
「おはようございます、将軍。千織殿」
爽やかな挨拶と共に、日向は稽古場に姿を現した。
先に朝餉を終え、将軍と共に待つ千織に日向は笑顔を向けた。
彼は空手ではなかった。
大きな木槌と、長く丸い一本の杭を携えてきている。
何をするためだろう? と首を傾げる千織に、まずはこの杭を稽古場に立てるところから今日は始めます、と日向は高らかに宣言した。
「この木は打ち込み用です」
木槌を駆使して、地面に深々と突き立った杭を前に、日向が説明する。
「これを相手に見立てて、竹の刀で左右から打ち込みます」
長い杭のほとんど半分が地面に埋まり、先端は千織の頭一つ分だけ高い。
そこを竹の刀で打つらしい。
熱心に耳を傾ける千織に
「まずはこの杭を折るところまでを目標にして頑張りましょうか、千織殿」
と、日向は笑顔で告げた。
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