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一刻半ほどして
「今日はこのぐらいにいたしましょうか、千織殿」
と日向が声をかけてくれる時には、千織はへとへとになっていた。
冬というのに、全身から汗が噴き出して額からも滴り落ちる。
竹の刀を手にして千織は深々と礼を取った。
「お稽古をつけて下さって、ありがとうございました」
「こちらにとっても良い修練になりました。ここで俺との稽古は終わりにしますが、日常生活すべてが鍛錬だと思っていてください。椅子に座る時も食事をするときも、全ては身を鍛えることに繋げることができます。要するに、どれだけ日ごろから意識するかですね」
にこっと笑って告げられた言葉に、千織は深くうなずいた。
「はい、解りました。お言葉を守って精進いたします」
千織の言葉に、日向の笑みが深まった。
「よいお答えです」
日向は顔を黙々と素振りをする将軍に向けた。
「将軍」
呼びかけに、将軍が手を止める。
「今日の稽古はここまでといたします」
「世話になったな」
「いえ。俺も楽しかったです」
からからと笑いながら言うと、日向はこの後兵士たちとの修練もあるということで、将軍と千織に挨拶をしてから稽古場を去る。
その後ろ姿を礼と共に千織は見送った。
それにしても。たった一刻半の稽古で、腕がじんじんと痺れていた。
打ち込むときの衝撃がまともに手首やひじに返ってきて、竹の刀を握るのも辛い。
初日でこれでは、あまりにも情けない。竹の刀は、将軍の携える鉄の刀に比べたら羽根のように軽かった。それでもこんなに腕が痛くなるのなら――本物の刀なら、自分は数回で振れなくなってしまうかもしれない。
漠然とした不安を抱える千織に
「汗をたくさんかいたな。励んだ証拠だ」
と将軍が傍らに歩を進めながら言葉をかける。
「横で見ていたが、稽古を始める前と、終了間際では千織の動きが全く違っていた。日向の言葉をきちんと聞いて、努力した成果が早々と出たな」
黙々と素振りをしていると思っていた将軍は、その実ちゃんと千織のことを見ていてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます」
千織は嬉しさ半分、驚き半分でそう答えていた。
側に歩を寄せると、汗ばむ千織の髪に将軍の大きな手が触れた。
「日向も良い弟子を持ったと思っているだろう」
笑いながら将軍が言う言葉に、じわっと喜びが込み上げる。
「はい。そう思っていただけるように、頑張ります」
将軍を見上げて応えた言葉に、目元が柔らかく細められる。
汗を含んだ髪をもう一度撫でてから
「このままでは、汗が冷えて病を得てしまうな」
優しい声で将軍は続けた。
「俺もしたたか汗をかいた。どうだ、千織。この足で湯殿に向かい、汗を流して身をさっぱりさせようか」
「よ、よろしいのですか?」
将軍の仕事に差し障ることを心配すると、笑顔が返ってきた。
「ああ。午前中いっぱいは千織の稽古に付き合うと武将たちにも言ってある。安心しろ」
湧き湯は打ち身などにも効能がある。
稽古でぷるぷると震える手足を温かな湯に浸せると思うと、千織も笑顔になっていた。
「それでしたら、とても嬉しいです。伽螺様」
「そうか。ならこのまま湯殿に行こうか」
優しく肩に手が触れて、将軍と共に歩き出す。
今日の稽古で、ほんの少しでも自分は強くなれただろうか。
内側に呟きながら、千織はみしみしときしむような足を必死に動かして、将軍に遅れないよう湯殿へと歩を進めていた。
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