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小さく頭を振ると、千織は湯桶いっぱいに湧き湯を満たして、将軍の元に戻った。
ちょうど体を洗い終えた将軍の肩から、湯を注いで泡を切る。
一度では流しきれず数度往復したあと、今度は将軍が千織を洗ってくれることになった。
自分でします、と固辞する千織を言葉巧みに説得し、将軍は腰掛に無理やりに座らせた。
「だいぶ肉がついてきたのではないか」
顔を真っ赤にする千織の背を、そっと優しく洗いながら将軍が呟く。
「最初に比べたら、見違えるようだ」
その言葉に、千織は背を伸ばしてしまった。
「そうですか、伽螺様!」
「ああ。毎日たくさん食べているからだろうな。善きことだ」
笑いを含んだ声に、千織の胸が弾んだ。
「とても嬉しいです」
自分では解らないが、外から見ると少しは成長しているのかもしれない。
そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。
思わず笑顔になる。
「冬にしっかりと身を肥やせば、夏には背が伸びていくぞ」
華やぐ千織に、将軍がさらに嬉しいことを言ってくれた。
「背も伸びますか?」
「ああ。俺が十五の頃は、一年で身が三寸(注:約十センチ)ほど伸びた」
「三寸も……」
「その代わり、膝が猛烈に痛んだがな。衣も寸が足りなくなって、全て仕立て直しをしなくてはならなかった」
ふふっと笑いの息をこぼしながら将軍が応えてくれる。
会話の間にも、手が優しく身を洗う。
「千織の背が伸びれば、俺と話すときも首を曲げずに済むな」
かなりの角度で見上げなくてはならないことに、やはり将軍は気付いていたようだ。だからいつも話すときはわずかに身を屈めてくれていたのだ。
「はい。伽螺様に屈んで頂かなくても良くなるのですね」
弾む声で言うと、将軍は笑い声を上げた。
「気付いていたか」
「はい。お話がしやすいと感じておりました」
「千織は聡いな」
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