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将軍の気迫に飲まれ、千織はすぐに言葉を返せなかった。
戸惑いを包み込むように、黒い瞳が千織を映す。
短い沈黙の後、将軍が再び口を開いた。
「誰にも言えない秘密を抱えて生きることは、とても辛い」
ゆっくりと言葉が紡がれる。
「出来れば、その苦しみを背負って欲しくないと願っていた。けれど」
ふっと言葉を切ると、将軍が静かに微笑んだ。
「千織には真実を知る権利がある。どんなに辛いことであっても、千織ならきちんと受け止められるだろうと、俺は信じている。だから――」
笑みの向こうに悲しみを滲ませながら、将軍が呟く。
「千織が知りたいというのなら、俺は今、ここで全てを話す覚悟はある」
時の流れが、ひどくゆっくりになったような気がする。
覚悟と語った将軍の眼差しを、無言で千織は受け止め続けていた。
「ただ。このことは俺と千織以外の誰の耳にも入れてはならない。決して他言しないと誓えるか。千織」
我知らず、千織の身が細かく震えはじめた。
これほど将軍が強く言い切るのだ。
きっと、よほどのことなのだろう。
翠龍のことを知ると言うことは、自分が想像する以上のことがらを含んでいる。
将軍の真剣な眼差しに事の重大さを悟りながらも、千織はどうしても引くことが出来なかった。それほどまでに、翠龍のことを知りたかった。
全身から勇気をかき集め、ぐっと手を握りしめると、
「はい、伽螺様。誓います」
と、怯むことなく千織は言い切った。
眼差しが触れ合う。
互いの覚悟を読み取りながら見つめる中に、湯が湧く音が響いていた。
「解った」
一言告げると将軍は右手を動かし、そっと千織の頬に触れた。
指先から、自分の震えが伝わっているのだろう。
将軍はわずかに目を細めた。
「外では身が冷えるな。体を洗った後、湯船の中で話そう」
穏やかな言葉が将軍の口からこぼれる。
「まだ背中を洗っている途中だったな。千織。ほら、こちらに背を向けてみろ」
「はい」
素直に向けた背に、泡を含んだ布が柔らかく触れた。
そこから無言で将軍は千織の身を洗い、止める間もなく湯桶で泡を身体から流してくれた。
さっぱりしてから、ようやく湯船に浸かる。
将軍と並んで湧き湯に入りながら、緊張のあまり千織はこちこちになってしまっていた。
これからいよいよ、翠龍のことを話してもらえるのだ。
そう思うと、息すらしづらいような心持がする。
「門真が心配していた」
翠龍の話だと思っていたのに、不意に将軍の口から兄の名が出て千織は面食らってしまった。
「門真兄さまが、私をですか?」
将軍が小さくうなずく。
「ああ。不用意にトカナ王家の翠龍のことを話してしまい、千織を傷つけたと――」
驚きに、千織はあんぐりと口を開けてしまった。
固まる姿を目に映して、将軍が優しく微笑んだ。
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