一つ残るもの

2/14
前へ
/1636ページ
次へ
 「木守り」には、別の意味があるとも言われています。  たった一つ実を残すことで、食べに来る鳥たちに満足してもらうのです。もし、何も無ければ、鳥たちは怒って本体の木を傷つけてしまうかもしれません。ですが、一つでも残っていたら、それを食べることで満足すると言われています。  だから、残された実は、鳥たちに食べられることで、母体である木を守っているのですよ。  ぽつんと、木の頂にある木の実を見る。  あの実は――たった一つ残って、木を守っているのだ。  優しい声で告げられた言葉は、なぜか、しんと千織の胸を打った。  一人で木を守って――あの実は、かわいそうだね。  思わずつぶやいた言葉に、乳母は慈しみに満ちた眼差しで見つめてから  お坊ちゃまは、お優しいですね。  と言葉をかけてくれた。  領主の息子として、優しいよりは猛々しい方が良いと、千織は思っていた。  兄たちは、勇猛で知られる千織の父親に似て、精悍な体つきをしている。  千織はどちらかというと母親似で、華奢な体がいつも恥ずかしかった。  つい日頃の悔しさが弾け、優しくなんかないと乳母に八つ当たりのように言っていた。  千織の言葉を意に介さず、乳母は静かに髪を撫でてくれた。  優しいのと弱いのは同じではありませんよ、千織さま。  本当は、優しさは強さなのです。だから――そんなに恥じなくても良いのですよ。  私はお優しい千織さまが、大好きです。
/1636ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12470人が本棚に入れています
本棚に追加