一つ残るもの

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 後から、知ったことだ。  彼女は故国を滅ぼされ、無理矢理にこの国に連れて来られた身分の高い女性だった。戦利品として、功績のあった男に下げ渡され、そこで子を為し母となった。  同じ時期に千織が生まれたために、請われて乳母となったのだと。  敵国の領主の息子を、彼女はどんな思いで世話をしていたのだろう。  故国の窮状を想い、彼女は人知れず泣いたことがあったのかもしれない。  滅ぼし、滅ぼされ、そうやって成り立つこの世界。  自分の日常は、誰かの犠牲の上に築き上げられたものだった。  だから――  これは、報いなのだろう。  たくさんの血を流してきた、自分たちの一族の――  *  荒々しい足音が、自分の方へ向かって近づいてくる。  複数の乱れる足音は雨だれにも似ていた。  ごくっと唾を飲み込み、千織(ちおり)は震える身を叱責した。  怒号が飛び交い、やがて自分の座る場所の扉が、乱雑に開かれた。  開くと同時に、扉の向こうから戦のにおいが舞い込んできた。  汗と血と土煙の匂い。  広がる空間には、武器を携えた者たちがひしめき合っていた。 「いたぞ!」  声が、雷のように響いた。 「領主の息子だ!」     
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