一つ残るもの

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 身なりからか容貌からか、そう判断した兵士が叫ぶ。  彼らはアガツ国の兵士だった。妖の術を使う一族で、近隣の領土を武力で侵略し、次々に支配下に置いている。  戦慣れした者たちの眼光は鋭く、射るように千織を見た。  口上を述べなくては。  そのために自分は今、ここに居る。  解っていたが、殺気を振り撒く男たちの存在に、すくんで声が出ない。  獲物を見つけた猟犬のように、抜身の剣を持つ兵たちが、自分の側へ雪崩のように進もうとしていた。 「待て!」  突然、声が放たれた。  その号令が発せられた途端、獰猛な眼差しで、千織に襲い掛かろうとした男たちが動きを止めた。  急に静かになった人垣を割って、一人の若者が姿を現わした。  先ほどの声の主は、この人だったようだ。  背の高い青年だった。  戦の場に在りながら、軽装とも思える武具しかまとっていない。  長剣を携えて、彼はゆっくりと千織の前に歩いてきた。  黒い髪に黒い瞳。  まとう戦衣(いくさごろも)も黒かった。 「どうやら、その子が領主の代理らしい」  人々が道を譲る。  彼の黒い瞳は、誰よりも鋭かった。  眼に千織を捉えながら、静かに歩を進める。 「手を出すな。いいな」     
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