一つ残るもの

5/14
前へ
/1636ページ
次へ
 千織が居たのは、領主が謁見をする部屋だった。その椅子の前に端座して、アガツ国の兵たちを待っていたのだ。  赤い毛氈の上に座る千織を、男は側まで来ると見下ろした。  彼は、この軍の総大将だ。  判断をつけると、千織は、教え込まされた口上を語ろうとした。 「――アガツ国の将軍様でいらっしゃいますか」  千織の言葉に、微かに若者は眉を上げた。  続きを口にしようとした時 「なぜ、お前しかいないのだ。他の者はどうした」  と、総大将らしい若者が、尊大な口調で問いかけた。  千織は眼差しを上げた。  今、この館内には、千織一人しかいなかった。  館だけではない。  城壁で囲まれた街にも、誰もいない。  領主の父親以下、全ての臣民はこの国を捨てて逃走していたのだ。  アガツ国の侵略が明らかになったのは、数日前。  破竹の勢いで、隣国を侵略してこちらへ向かっていると、早馬が伝令を伝えてきた。青天の霹靂だった。  領主である父親は、素早く判断を下した。  アガツ国は武の国。戦上手で名高い国だ。  武器の備えもない我が国は、アガツ国と剣を交えれば、民草全てが滅ぼされる。  交戦を避け、民を全て移動させようと、父は判断を下した。  畑も所帯道具も全てを捨てて、隣国に逃げると民を説得するのに一日。  次の日には皆は行動に移っていた。     
/1636ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12469人が本棚に入れています
本棚に追加