一つ残るもの

6/14
前へ
/1636ページ
次へ
 向かったのは、国境を接するマジュタ国だった。  親戚筋に当たり、良好な関係を築いている。父親は急使を送り、返事を待つことなく民らを急きたてて、夜の闇をついて逃亡した。  それから一日半。  侵略の知らせ通り、彼らは千織の国に入った。  開かれた城門と、人気のない街を、きっと彼らは驚きと共に進んできたのだろう。  最後に辿り着いたこの領主の館で――千織は一人、彼らを待っていた。  領主代理として、口上を述べるために。 「アガツ国の将軍様に申し上げます。我らシヅマの民は、アガツ国に逆らう意思はございません。その(あかし)として、この館を明け渡し、今また、シヅマの国の領主印を、アガツ国へ(たてまつ)ります」  側に用意していた、金印を、絹の布を台にして千織は差し出した。 「我らシヅマの民は、アガツ国に逆らう意思はありません」  決して、自分たちの後を追わせるな。  父から厳命を受けていたことだった。  千織はその命を守るためだけに、この館に残った。 「全ての権利をアガツ国に奉ります。どうか、お受け取り下さい」  領主の権利の象徴である金印を捧げたまま、千織は頭を下げた。  アガツ国の侵略は、あまりにも不意打ちだった。     
/1636ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12469人が本棚に入れています
本棚に追加