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昨夜は、何時ごろに伽螺様はお戻りだったのだろう。
ふと疑問が内側に湧きおこる。
と。
唐突に、手紙を放置したままだったことを、千織は思い出した。
瞬間、驚きに思わず身を起こしかける。
自分は小卓の前で将軍への手紙をしたためていた。
その途中で眠り込み、戻ってきた将軍が自分の身をこの寝台へ運んだとしたら――
もしかしたら書きかけの手紙を、将軍は目にしたかもしれない。
心臓が、先ほどとは違う速度でドキドキと鳴りはじめた。
ど、どうしよう。
伽螺様は、手紙をご覧になっただろうか。
動揺のあまり、あれほど気を付けていたのに千織は身じろぎをしてしまったようだ。
小さな呻き声が聞こえた。
はっと視線を将軍へ戻す。
少し眉を寄せてから、将軍が静かに目を開いた。
黒い水晶のような瞳が千織を映していた。
「かっ、伽螺様」
動揺を隠せないままに千織は言葉を呟く。
「申し訳ありません。お休みのところを――お起こししてしまって……」
背中に廻されていた手が動き、詫びを呟く千織の頬を包んだ。
どきっと、心臓が躍る。
柔らかな笑みが将軍の顔に浮かんだ。
「……起きたのか、千織」
ゆっくりと瞬きをしながら、将軍が問いかける。寝起きのかすれた声だった。
「は、はい」
「そうか」
瞬きをしてから、目を開くまでの間隔を次第に長くしながら、将軍が呟いた。
「腹が減ったら、外へ声をかけて食事を運んでもらえ。俺はもう少し眠る――俺につきあって寝台にいる必要はない。千織は自由にしていろ」
寝言のような不明瞭な声で将軍が告げた。
言葉を発した後、黒い睫毛に縁どられた瞼がゆっくりと下がった。
「は、はい。解りました。伽螺様」
千織の声に、目を閉じたまま将軍が笑みを深める。
「昨夜は遅くなってすまなかったな、千織。随分待たせた……」
呟いてから頬に触れていた手から力が抜け、再び将軍は眠りに入ったようだった。
疲労が隠せない将軍の顔を見て、千織は胸が痛んだ。
きっと伽螺様は、事件の解決のために死力を尽くされたのだ。
相当おくたびれになったのだろう。これ以上、眠りのお邪魔をしてはいけない。
お一人でゆっくり休んでいただこう。
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