伽螺様からの手紙

5/10
前へ
/1636ページ
次へ
 自分が下手に側に居たら、先ほどのように動いて将軍の安眠を妨害してしまうかもしれない。そう判断すると、千織は行動に移った。  優しく握りこまれた指を、しばらくためらってからゆっくりと外す。  手の中に残る温もりを感じながら、千織はそろそろと将軍の腕の中から抜け出した。  将軍は千織が動いても、もう目を開くことは無かった。  それでも将軍を起こさないように用心しつつ、千織はゆっくりと身を動かした。  自分が抜けた後の空間を布団で埋めて、そっと寝台から降りようとして、千織はふと自分の枕元に何かがあるのに目を止めた。  動かしかけた首を戻して、目を凝らす。  それが何かわかった途端、千織は大きく目を見開いた。  『千織へ』という力強い文字で書き始められている――それは、将軍が千織に宛てた手紙のようだった。  驚きの表情のまま、しばらく枕元の手紙を見つめる。  千織は身を捩じったままゆっくりと手を伸ばし、紙料にしたためられた将軍の手紙を手に取る。  ごくっと、つばを飲み込んでからそれを手元に引き寄せた。  両手で大切に持つと、千織は黒々とした墨で書かれた文字を、懸命に目で追った。 『千織へ  昨日はなんの説明もなく、一日部屋で過ごさせてすまなかった。  さぞ不安だっただろう。  だが、(かしこ)く一日を過ごしていたようだな。千織が書いていた手紙を見せてもらった。午前中は掃除(そうじ)をして、午後は書と笛の稽古(けいこ)をしていたとは、大変感心なことだ。  戻ってきて、部屋が清々(すがすが)しかったので、たいそう気持ちが良かった。千織が心を込めて掃除(そうじ)をしてくれたおかげだったのだな。  千織の心遣(こころづか)いが、何よりも俺は(うれ)しい』  最初の文言(もんごん)に目を通して、千織は身の震えを抑えることが出来なくなった。  危惧していた通り、やはり将軍は机の上に残していた手紙に目を通していたのだ。  千織は再び顔が真っ赤になってしまった。
/1636ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12470人が本棚に入れています
本棚に追加